AMD Ryzen AI 5 340 ベンチマークまとめ

CPU-AMD-Ryzen CPU・SoC
  1. 1. はじめに
    1. 1.1. 目的とスコープ
    2. 1.2. Ryzen AI 300シリーズの登場背景
    3. 1.3. Ryzen AI 5の位置づけ
    4. 1.4. 情報源に関する注意
  2. 2. AMD Ryzen AI 300シリーズ 公式スペックと特徴
    1. 2.1. アーキテクチャ概要
    2. 2.2. Ryzen AI 5 340 詳細スペック
    3. 2.3. 主要技術と特徴
    4. [テーブル 1] AMD Ryzen AI 300シリーズ スペック比較表
  3. 3. CPU性能ベンチマーク分析
    1. 3.1. テスト環境に関する注意点
    2. 3.2. Cinebench
    3. 3.3. Geekbench
    4. 3.4. PCMark 10
    5. 3.5. アプリケーションベンチマーク (例: 動画編集)
    6. [テーブル 2] CPUベンチマーク比較表 (代表的なプロセッサーとの比較)
  4. 4. 内蔵GPU (iGPU) 性能ベンチマーク分析
    1. 4.1. RDNA 3.5アーキテクチャとGPUラインナップ
    2. 4.2. Radeon 860M (4 CU) の位置づけ
    3. 4.3. 3DMark
    4. 4.4. ゲームベンチマーク
    5. [テーブル 3] iGPUベンチマーク比較表 (代表的なiGPUとの比較)
  5. 5. NPU (AI) 性能ベンチマーク分析
    1. 5.1. XDNA 2アーキテクチャと50 TOPS性能
    2. 5.2. 競合製品との比較 (TOPSベース)
    3. 5.3. 実アプリケーション / ベンチマークテスト
    4. 5.4. ソフトウェアエコシステムの重要性
    5. [テーブル 4] NPU性能比較表 (主要プロセッサーとの比較)
  6. 6. 総合性能評価とプロファイル
    1. 6.1. Ryzen AI 5 340の強み
    2. 6.2. Ryzen AI 5 340の弱み(懸念点)
    3. 6.3. 性能プロファイル
  7. 7. 競合製品との比較
  8. 8. まとめと結論
    1. 8.1. Ryzen AI 5 340の評価
    2. 8.2. 性能のトレードオフの認識
    3. 8.3. 今後の展望
      1. 引用文献

1. はじめに

1.1. 目的とスコープ

本レポートは、AMDの最新モバイルAPU(Accelerated Processing Unit)である「Ryzen AI 300」シリーズ、特にその中核をなす「Ryzen AI 5」モデルに焦点を当て、その性能特性を日本語の主要なテクノロジー系ウェブサイトの情報に基づいて詳細に分析することを目的とします。CPU(Central Processing Unit)、GPU(Graphics Processing Unit)、そして特に注目されるNPU(Neural Processing Unit)の性能を、公開されているベンチマークテストの結果を用いて評価し、旧世代プロセッサーや市場における競合製品と比較検討します。

1.2. Ryzen AI 300シリーズの登場背景

AI PC(Artificial Intelligence Personal Computer)時代の本格的な到来を受け、AMDはNPU性能を大幅に強化した新世代プロセッサー「Ryzen AI 300」シリーズ(開発コード名: Strix Point)を発表しました 1。これは、AMDにとって第3世代のAIエンジン搭載プロセッサーにあたり、Ryzen 7040シリーズ(第1世代)、Ryzen 8040シリーズ(第2世代)に続く製品群となります 1。本シリーズは、Microsoftが提唱する「Copilot+ PC」の要件を満たす高いNPU性能を特徴としており 2、市場においてIntelのCore UltraシリーズやQualcommのSnapdragon Xシリーズといった競合製品と直接対峙することになります 1

1.3. Ryzen AI 5の位置づけ

Ryzen AI 300シリーズの中で、Ryzen AI 5(具体的には発表済みのRyzen AI 5 340モデル 5)は、性能と価格のバランスを重視するメインストリーム市場向けの製品として位置づけられています。上位モデルであるRyzen AI 9 HX 370/375などと比較すると、CPUコア数やGPUの演算ユニット(Compute Unit, CU)数は抑えられていますが、NPU性能に関しては同等レベルの50 TOPS(Trillion Operations Per Second)を維持している点が際立った特徴です 5

特筆すべきは、このRyzen AI 5 340が上位モデルと同等の50 TOPS NPU性能を備えている点です 5。通常、下位モデルでは全ての性能指標がスケールダウンされる傾向にありますが、NPU性能が維持されていることは、AMDがAI機能をシリーズ全体の標準機能として位置づけ、普及を加速させようとしている戦略的な意図を示唆しています。これにより、より手頃な価格帯のミドルレンジ・ノートPCにおいても、Copilot+ PC 2 が提供するような高度なAI体験を実現可能にし、市場全体での採用拡大を狙っていると考えられます。40 TOPS以上というCopilot+の性能要件 1 を満たすことが市場での競争力確保に不可欠であり、このレベルのAI性能をメインストリーム製品にも展開することは、IntelやQualcommに対するAMDの競争優位性を確立する上で重要な要素となるでしょう。

1.4. 情報源に関する注意

本レポートの執筆時点(2024年後半)において、Ryzen AI 5 340を搭載した製品の市場投入は2025年第1四半期が予定されています 5。そのため、同モデル固有の詳細なベンチマークデータはまだ限定的である可能性が高い状況です。したがって、本レポートにおける性能分析は、主に先行してレビュー記事が公開されている上位モデル、特にRyzen AI 9 HX 370 8 やRyzen AI 9 365 14 のベンチマークデータを参考にしつつ、スペック上の差異からRyzen AI 5 340の性能を推測・分析する箇所が含まれます。引用元としては、PC Watch、4Gamer.net、ITmedia PC USERといった日本語の主要テクノロジー情報サイトを主に使用します。

2. AMD Ryzen AI 300シリーズ 公式スペックと特徴

2.1. アーキテクチャ概要

AMD Ryzen AI 300シリーズは、CPU、GPU、NPUの各コンポーネントに最新のアーキテクチャを採用しています。

  • CPU: 最新の「Zen 5」アーキテクチャを採用しています 1。Ryzen AI 9 HX 370などの上位モデルでは、高性能なZen 5コアと高効率なZen 5cコアを組み合わせたハイブリッド構成(ヘテロジニアス構成とも呼ばれる)を採用しており、タスクに応じて性能と電力効率のバランスを取ります 8。Ryzen AI 5 340は、6コア/12スレッド構成と発表されています 5
  • GPU: 「RDNA 3.5」アーキテクチャに基づく内蔵GPU(AMD Radeon™ Graphics)を搭載しています 1。これはRDNA 3アーキテクチャの改良版にあたります。Ryzen AI 5 340には「Radeon 860M」が搭載され、4基のコンピュートユニット(CU)を備えます 5
  • NPU: AI処理専用のエンジンとして、第2世代の「XDNA 2」アーキテクチャを採用したNPUを搭載しています 1。これにより、大幅に向上したAI演算性能を実現しています。
  • 製造プロセス: これらのコンポーネントは、TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)の4nm FinFETプロセス技術を用いて製造されています 1

2.2. Ryzen AI 5 340 詳細スペック

現時点で公開されているRyzen AI 5 340の主なスペックは以下の通りです。

  • モデル名: AMD Ryzen™ AI 5 340 5
  • CPUコア/スレッド: 6コア / 12スレッド 5
  • 最大ブーストクロック: 最大 4.8 GHz 5
  • ベースクロック: 2.0 GHz 55には記載なし、6の他モデル情報に基づく
  • 合計キャッシュ: 22MB (L2キャッシュ: 6MB + L3キャッシュ: 16MB) 5L2キャッシュは1MB/コア 18 と仮定して計算
  • 内蔵GPU: AMD Radeon™ 860M Graphics 5
  • GPU CU数: 4基 5
  • GPUクロック: 最大 2.9 GHz 5
  • NPU性能(ピーク): 50 TOPS 5
  • cTDP(Configurable TDP): 15W ~ 54W 5
  • 対応メモリ: DDR5-5600 / LPDDR5X-7500 8
  • PCI Express: PCIe 4.0 x16レーン 8
  • その他: USB4 (40Gbps) x2ポート、USB 3.2 Gen 2 (10Gbps) x2ポートをネイティブサポート 8

2.3. 主要技術と特徴

Ryzen AI 300シリーズ、ひいてはRyzen AI 5 340を特徴づける主要な技術は以下の通りです。

  • XDNA 2 NPU: 最大の特徴であるNPUは、50 TOPSという高い演算性能を実現しています 1。これは前世代(Ryzen 7040/8040シリーズ)に搭載されていたXDNAアーキテクチャのNPUが10 TOPSまたは16 TOPSであったことと比較すると、3倍以上の飛躍的な性能向上となります 19。この性能は、競合となるQualcomm Snapdragon X Elite(45 TOPS)やIntelの次世代プロセッサーLunar Lake(NPU単体で48 TOPS)と比較しても同等か、それを上回るレベルにあります 4
  • Block FP16: XDNA 2 NPUは、「Block FP16」と呼ばれる新しい演算方式に対応しています 1。これは、ソフトウェア側でFP16(半精度浮動小数点数)での演算を指示した場合、ハードウェアが自動的にBlock FP16形式で処理を行うものです。これにより、FP16の高い精度を維持しながら、INT8(8ビット整数)に近い演算性能を発揮できるとされています。特筆すべきは、ソフトウェア側のコード改変を必要とせずにこの恩恵を受けられる点であり 1、開発者にとってはAIアプリケーションの最適化にかかる手間を削減できる可能性があります。既存のFP16ベースで開発されたAIモデルを効率的に実行できるため、Ryzen AI搭載PC上でのAIソフトウェアエコシステムの拡大を後押しする要因となり得ます。開発のハードルが下がることでNPU対応アプリケーションが増加し、結果的にユーザーがAI機能の恩恵を受ける機会が増えることが期待されます。
  • Zen 5 / Zen 5c Hybrid CPU: 上位モデルで採用されているハイブリッド構成は、高性能なZen 5コアと、面積効率・電力効率に優れたZen 5cコアを組み合わせることで、実行するタスクの性質に応じてパフォーマンスと消費電力のバランスを最適化することを目指しています 8。これにより、シングルスレッド性能の向上と、マルチスレッド性能の維持・向上、そしてバッテリー駆動時間の改善を両立させる狙いがあります。Ryzen AI 5 340の6コア構成がどのような比率(例えばZen 5コア x2 + Zen 5cコア x4など)になるかは現時点で不明ですが、上位の12コアモデル(Zen 5 x4 + Zen 5c x8 8)とは異なる性能特性を示す可能性があります。特に、多くのコアを同時に使用する重いマルチスレッドタスクにおいては、効率コアであるZen 5cの比率が高くなるため、クロックあたりの性能がZen 5コアのみの場合と比較してどのように変化するか、そして電力効率とのバランスがどう最適化されているかが注目されます。
  • RDNA 3.5 iGPU: 内蔵GPUにはRDNA 3アーキテクチャを改良したRDNA 3.5が採用されています。上位モデルに搭載されるRadeon 890M(16 CU)8 やRadeon 880M(12 CU)6 は、旧世代のハイエンドiGPUであるRadeon 780M(12 CU RDNA 3)8 や、競合となるIntel Core UltraシリーズのArc Graphicsに対して、高いグラフィックス性能を示すことが期待されています 1。Ryzen AI 5 340に搭載されるRadeon 860MはCU数が4基 5 と大幅に制限されますが、アーキテクチャ自体の効率向上(例えばクロックあたりの性能向上や省電力化)による恩恵は受けられる可能性があります。

[テーブル 1] AMD Ryzen AI 300シリーズ スペック比較表

モデル名CPUコア/スレッド (構成)最大ブースト クロック合計 キャッシュGPUモデルGPU CU数GPU クロックNPU TOPScTDP (W)出典例
Ryzen AI 5 3406コア / 12スレッド (未詳)4.8 GHz22MBRadeon 860M42.9 GHz5015-545
Ryzen AI 9 36510コア / 20スレッド (未詳)5.0 GHz34MBRadeon 880M122.9 GHz5015-546
Ryzen AI 9 HX 37012コア / 24スレッド (4+8)5.1 GHz36MBRadeon 890M162.9 GHz5015-546

注意: CPUコア構成の(4+8)はZen 5コア数 + Zen 5cコア数を示す 8。Ryzen AI 5 340およびAI 9 365のコア構成比率は未公開。キャッシュ量はL2+L3の合計。

3. CPU性能ベンチマーク分析

3.1. テスト環境に関する注意点

前述の通り、Ryzen AI 5 340固有のベンチマークデータは現時点で極めて限定的です。そのため、本項の分析は主に、より多くの情報が利用可能な上位モデル、Ryzen AI 9 HX 370(12コア/24スレッド、Zen 5 x4 + Zen 5c x8構成 8)やRyzen AI 9 365(10コア/20スレッド 14)の公開ベンチマーク結果に基づいて行い、そこからRyzen AI 5 340(6コア/12スレッド)の性能を推測する形を取ります。

また、Ryzen AI 300シリーズはcTDP(Configurable Thermal Design Power)の範囲が15Wから54Wと非常に広く設定されています 5。これは、同じRyzen AI 5 340プロセッサーを搭載していても、薄型軽量ノートPCと、より冷却能力の高い高性能ノートPCやゲーミングノートPCとでは、実際に発揮される性能が大きく異なる可能性があることを意味します。例えば、低いTDP設定(例:33W)と高いTDP設定(例:65W)では、特に持続的なマルチコア性能やGPU性能に顕著な差が出ることが示唆されています 23。したがって、ベンチマーク結果を評価する際には、テストに使用されたノートPCのモデル名だけでなく、動作時のTDP設定や実際の消費電力に関する情報(もし公開されていれば)を確認することが極めて重要です。単一のベンチマークスコアだけを見てプロセッサーの性能を一概に判断することは避けるべきであり、レビュー記事を読む際にはテスト条件の詳細に注意を払う必要があります。

3.2. Cinebench

Cinebenchは、CPUのレンダリング性能を測定する定番のベンチマークソフトです。シングルコア性能はOSやアプリケーションの応答性に、マルチコア性能は動画エンコードや3Dレンダリングなどの重い処理能力に関係します。

  • Ryzen AI 9 HX 370: PC Watchによるレビュー 8 では、Cinebench 2024のシングルコアテストにおいて、最大5.1GHzで動作するZen 5コアの性能が発揮され、高いスコアを記録したと報告されています。マルチコアスコアも良好ですが、比較対象との関係性など、さらなる詳細な分析が必要です。
  • Ryzen AI 9 365: ウェブサイトfor-real.jp 15 の情報によると、CPU Mark(PassMark PerformanceTestのCPUスコアの可能性が高い)で32045という非常に高いスコアを記録し、ハイエンドクラスの性能であると評価されています。
  • Ryzen AI 5 340 (推測): シングルコア性能については、搭載されるZen 5コア(おそらく2コア)の恩恵により、旧世代のRyzen 5(例: Ryzen 7040/8040シリーズ)や競合製品であるIntel Core Ultra 5(Meteor Lake世代)を上回る性能を示す可能性があります。一方、マルチコア性能は6コア/12スレッド構成のため、12コアのHX 370や10コアの365と比較すると大幅に低くなります。同程度のコア数を持つ旧世代プロセッサーや競合製品と比較してどの程度の位置づけになるかが焦点となります。Zen 5cコアの効率性が、特にTDPが制限された状況下での電力効率に寄与する可能性も考えられます。

3.3. Geekbench

Geekbenchは、クロスプラットフォームで利用可能なCPUベンチマークで、整数演算、浮動小数点演算、暗号化処理など、様々なワークロードにおけるシングルコアおよびマルチコア性能を測定します。

  • Ryzen AI 9 HX 375 (12C/24T, 55 TOPS): Tom’s Hardwareが報じた情報 24 によると、Geekbench 6のシングルコアスコアにおいて、IntelのハイエンドモバイルCPUであるCore i9-14900HXを約5%上回る結果を示しました。これはZen 5コアの高いシングルスレッド性能を裏付けるものです。ただし、マルチコアスコアではCore i9-14900HXに約7%及ばなかったとされています。
  • Ryzen AI 9 365 (10C/20T): Videocardzが報じたGeekbenchのリーク情報 14 では、シングルコアスコアが約2544、マルチコアスコアが約12745とされています。同サイトの比較データに基づくと、これは旧世代のRyzen 9 8945HS(Zen 4, 8C/16T, 45W)のシングルコア(約2684)よりやや低いものの、マルチコアでは同等レベルです。また、競合のIntel Core Ultra 9 185H(45W)のシングルコア(約2492)よりは高く、マルチコア(約13972)よりは低い値となっています。
  • Ryzen AI 5 340 (推測): 上記のRyzen AI 9 365のスコアから類推すると、Ryzen AI 5 340のシングルコア性能は2400~2500程度、マルチコア性能は10000前後に落ち着く可能性があります(TDP設定に大きく依存します)。これは、旧世代の高性能薄型ノートPC向けCPUであるRyzen 7 7840U(シングルコア約2394、マルチコア約10584 14)に近いマルチコア性能かもしれませんが、シングルコア性能はZen 5アーキテクチャにより、より高いレベルが期待されます。

3.4. PCMark 10

PCMark 10は、Webブラウジング、文書作成、表計算、写真編集、ビデオ会議など、日常的なPC利用シーンをシミュレートし、総合的なシステム性能を評価するベンチマークです。

  • Ryzen AI 9 365: for-real.jp 15 のテスト結果では、総合スコアが7659と報告されています。項目別に見ると、Essentials(Webブラウジングやアプリ起動など基本操作)とProductivity(オフィスソフト利用)で10000を超える高いスコアを記録し、Digital Content Creation(写真・動画編集など)も10611と高く、動画編集などのクリエイティブな用途にも適していると評価されています。
  • Ryzen AI 9 HX 370: 同じくfor-real.jp 13 では、総合スコア7534、Essentials 10412、Productivity 10209、Digital Content Creation 10916という結果が示されています。Digital Content Creationスコアは365よりも若干高いようです。なお、PC Watchのレビュー 11 で取り上げられたASUS ProArt P16(HX 370 + GeForce RTX 4070 Laptop GPU搭載機)では、PCMark 10 Extended(ゲーミングテストも含む)の総合スコアが10212と極めて高い値ですが、これはディスクリートGPU(dGPU)の影響が大きいため、APU単体の性能評価としては注意が必要です。
  • Ryzen AI 5 340 (推測): EssentialsやProductivityといった日常的なタスクにおいては、上位モデルに近い高いスコアを維持する可能性が高いと考えられます。しかし、CPUコア数と内蔵GPU性能が大きく影響するDigital Content Creationスコアについては、HX 370や365と比較して顕著に低くなることが予想されます。それでも、一般的なオフィスワーク、Webブラウジング、オンライン会議といった用途では、非常に快適なパフォーマンスが期待できるでしょう。

3.5. アプリケーションベンチマーク (例: 動画編集)

特定のアプリケーションにおける実性能も重要な指標です。

  • Ryzen AI 9 HX 370: PC Watchのレビュー 8 におけるDaVinci Resolve 18を用いた動画書き出しテストでは、比較対象のデスクトップ向けAPUであるRyzen 7 8700Gよりも約13~16%高速に処理を完了したと報告されています。また、ブログsunmattu.jp 25 のレビューでも、4K動画編集が非常に快適に行え、書き出しも高速であったと述べられています(ただし、テスト環境によってはAMDのハードウェアエンコーダーでエラーが発生したとの報告もあります)。
  • Ryzen AI 5 340 (推測): CPUコア数(6コア)とGPU性能(Radeon 860M 4 CU)の制限から、HX 370(12コア、Radeon 890M 16 CU)ほどの高速な動画編集・書き出し性能は期待できません。しかし、Zen 5アーキテクチャによるIPC(クロックあたりの命令実行数)向上や、高速なLPDDR5X-7500メモリ 8 の恩恵により、旧世代の同クラスCPUと比較すれば性能は改善されている可能性があります。比較的軽いフルHD動画の編集や、簡単なカット編集程度であれば、実用的なレベルでこなせると予想されます。

[テーブル 2] CPUベンチマーク比較表 (代表的なプロセッサーとの比較)

ベンチマークRyzen AI 5 340 (推測/N/A)Ryzen AI 9 365Ryzen AI 9 HX 370Core Ultra 7 155HCore Ultra 9 185HCore Ultra 7 258V (Lunar Lake)Snapdragon X EliteRyzen 7 8840HS出典例 (参考)
Cinebench 2024 (ST)N/AN/A高スコア 8N/AN/A高スコア 12N/AN/A8
Cinebench 2024 (MT)N/AN/A高スコア 8N/AN/AN/AN/AN/A8
Geekbench 6 (ST)~2400-2500?~2544 14~2700-2800?~2300-2400~2492 14~2700-2800 12~2700-2800~2600-270012
Geekbench 6 (MT)~10000?~12745 14~13500-14500?~11000-12000~13972 14~13000-14000 12~14000-15000~12000-1300012
PCMark 10 (総合)N/A7659 157534 13~6500-7000~7000-7500~7500-8000 12~7000-7500~7000-750012 (スコアは参考値)
CPU Mark (PassMark)N/A32045 15~35310 26~25000~28000N/A~28000~2800015 (スコアは参考値)

注意: 上記スコアは異なるレビューサイトやテスト条件からの参考値であり、直接比較には注意が必要です。Ryzen AI 5 340のスコアは未確定のため「推測/N/A」としています。Core Ultra 7 258V (Lunar Lake) や Snapdragon X Elite のスコアも、発表時期やレビュー状況により変動します。

4. 内蔵GPU (iGPU) 性能ベンチマーク分析

4.1. RDNA 3.5アーキテクチャとGPUラインナップ

Ryzen AI 300シリーズに統合されているGPUは、RDNA 3アーキテクチャを改良した「RDNA 3.5」を採用しています 1。シリーズ内には、搭載されるCU数によって異なるモデルが存在します。最上位のRyzen AI 9 HX 370/375には16基のCUを持つ「Radeon 890M」が 6、Ryzen AI 9 365などには12基のCUを持つ「Radeon 880M」が搭載されます 6。これらの上位GPUは、旧世代の最上位iGPUであったRadeon 780M(RDNA 3, 12 CU 8)を凌駕し、ノートPC向けiGPUとしては非常に高いグラフィックス性能が期待されています。

4.2. Radeon 860M (4 CU) の位置づけ

一方で、Ryzen AI 5 340に搭載されるのは、4基のCUを持つ「Radeon 860M」です 5。CU数が上位モデルの1/4~1/3程度と少ないため、3Dグラフィックス性能は大幅に制限されることになります。性能レベルとしては、旧世代のエントリークラスiGPUに近いものになる可能性があります。ただし、ベースとなるRDNA 3.5アーキテクチャ自体の効率改善(例えば、クロックあたりの描画性能の向上や、電力効率の改善など)がどの程度パフォーマンスに寄与するかが注目点となります。

4.3. 3DMark

3DMarkは、GPUのグラフィックス性能を測定するための標準的なベンチマークスイートです。特に「Time Spy」や「Fire Strike」のGraphicsスコアがよく用いられます。

  • Ryzen AI 9 365 (Radeon 880M 12 CU): for-real.jp 15 の情報では、「3D Graphics Mark」スコアが8470と「かなり高い」と評価されています(具体的なテスト名は不明ですが、Time Spy Graphicsスコアなどの可能性が考えられます)。
  • Ryzen AI 9 HX 370 (Radeon 890M 16 CU): PC Watchのレビュー 11 など、dGPU搭載機でのテストが多いためiGPU単体のスコアは確認が必要ですが、一般的にRadeon 780Mを超える性能が期待されており、Time Spy Graphicsスコアで3000点を超えるレベルが予想されます。
  • Ryzen AI 5 340 (Radeon 860M 4 CU) (推測): CU数が4基と少ないことから、3DMarkのスコアは上位モデルと比較して大幅に低くなると考えられます。Time Spy Graphicsスコアは、おそらく2000点を下回り、1500点前後に落ち着く可能性も考えられます。これは、最新のAAA(大作)ゲームを高画質設定でプレイするには不十分な性能ですが、Webブラウジング、動画再生、オフィスソフト利用といった一般的なデスクトップ作業や、比較的軽量なオンラインゲーム、古いゲームタイトルをプレイするには十分な性能と言えます。

4.4. ゲームベンチマーク

実際のゲームにおけるフレームレート(fps)も重要な性能指標です。

  • Ryzen AI 9 HX 370 (Radeon 890M 16 CU): AMDの公式発表 1 では、競合のIntel Core Ultra 9 185H(内蔵Arc Graphics)と比較して、ゲームタイトルによっては128%から147%高い性能を発揮すると主張されています。YouTubeチャンネルで公開されたとされる情報 22 でも、多くの人気タイトルにおいて、Core Ultra(おそらく155H/185HのArc Graphics)に対して+40%から+60%以上、場合によってはそれ以上の性能向上を示すデータが示唆されています。
  • Ryzen AI 5 340 (Radeon 860M 4 CU) (推測): 上位モデルのような高いゲーム性能は期待できません。フルHD(1920×1080)解像度において、ゲーム内のグラフィックス設定を「低」または「中」程度に調整すれば、Valorant、Counter-Strike 2、League of Legendsといった比較的軽量なeスポーツタイトルや、数年前にリリースされたゲームタイトルであれば、ある程度プレイ可能なフレームレート(例えば平均30-60fps)が得られるレベルと予想されます。しかし、最新のグラフィックス負荷が高いAAAタイトルを快適にプレイするのは難しいでしょう。

このGPU性能の階層性は、Ryzen AI 300シリーズを選択する上で重要な考慮事項です。シリーズ内でも、搭載されるGPUモデル(主にCU数)によってグラフィックス性能には非常に大きな差が存在します 5。Ryzen AI 9 HX 370に搭載されるRadeon 890Mは、iGPUとしては画期的な性能を提供し、一部のdGPUに迫る可能性すら秘めていますが、一方でRyzen AI 5 340のRadeon 860Mは、あくまで基本的なグラフィックス処理や軽量なゲームプレイをターゲットとした性能レベルになります。ユーザーは自身の主な用途(高画質ゲーム、クリエイティブ作業、日常利用など)を考慮し、CPU性能やNPU性能だけでなく、GPU性能も踏まえて適切なモデルを選択する必要があります。Ryzen AI 5 340は、AI性能には優れるものの、グラフィックス性能はエントリーレベルに近いと認識しておくべきです。

[テーブル 3] iGPUベンチマーク比較表 (代表的なiGPUとの比較)

ベンチマーク (参考値)Radeon 860M (AI 5 340 – 推測/N/A)Radeon 880M (AI 9 365)Radeon 890M (AI 9 HX 370)Intel Arc Graphics (Core Ultra 155H/185H – 8 Xe)Intel Graphics (Xe2-LPG – Lunar Lake)Adreno (Snapdragon X Elite)Radeon 780M (Ryzen 7040/8040)出典例 (参考)
3DMark Time Spy (Gfx)~1500?~2800-3000?~3000-3300?~2800-3100~4000+? 12~2900-3200?~2700-290012, 各種レビューサイト
3DMark Fire Strike (Gfx)~4000-5000?~7000-8000?~8000-9000?~7000-8000~10000+?~8000-9000?~7000-7500各種レビューサイト
FFXIV: 黄金 (FHD, 最高)N/A (快適は困難)~6000-7000? (やや快適?)~7000-8000? (快適?)~6000-7000 (やや快適)N/AN/A~6000-7000 (やや快適)11 (dGPUスコア参考), 各種レビューサイト
Cyberpunk 2077 (FHD, Low)~20-30fps?~40-50fps?~50-60fps?~40-50fpsN/AN/A~40-45fps各種レビューサイト (FSR等利用で変動)

注意: 上記スコアは異なるレビューサイトやテスト条件からの参考値であり、TDP設定やメモリ速度によって大きく変動します。直接比較には注意が必要です。Radeon 860Mのスコアは未確定のため「推測/N/A」としています。Lunar LakeやSnapdragon X EliteのiGPU性能もレビュー状況により変動します。ゲームのフレームレートは設定やシーンにより大きく異なります。

5. NPU (AI) 性能ベンチマーク分析

5.1. XDNA 2アーキテクチャと50 TOPS性能

Ryzen AI 300シリーズにおける最大の進化点の一つが、AI処理専用のNPUです。第2世代の「XDNA 2」アーキテクチャを採用し、Ryzen AI 5 340を含む多くのモデルで、ピーク性能として50 TOPS(1秒間に50兆回の演算)を実現しています 1。これは、Microsoftが提唱する次世代AI PC「Copilot+ PC」のハードウェア要件である40 TOPS以上をクリアするものです 2。なお、最上位モデルのRyzen AI 9 HX 375では、さらに高い55 TOPSの性能を持つバージョンも存在します 7

5.2. 競合製品との比較 (TOPSベース)

公称されているNPUのピーク性能(TOPS)で比較すると、以下のようになります。

  • AMD Ryzen AI 300 (標準モデル, AI 5 340含む): 50 TOPS 1
  • AMD Ryzen AI 9 HX 375: 55 TOPS 20
  • Intel Core Ultra (Meteor Lake, 第1世代): NPU単体で約10 TOPS
  • Intel Core Ultra (Lunar Lake, 第2世代): NPU単体で48 TOPS 20 (SoC全体では100 TOPS超)
  • Qualcomm Snapdragon X Elite: 45 TOPS 4
  • Apple M3 / M4: Neural Engineとして 18 TOPS (M3) / 38 TOPS (M4)

このTOPS値だけを見ると、Ryzen AI 300シリーズ(50 TOPS)は、現行および次世代の主要な競合製品であるSnapdragon X Elite(45 TOPS)やIntel Lunar LakeのNPU(48 TOPS)と同等か、それを上回る理論性能を持っていることになります。前世代のIntel Core Ultra(Meteor Lake)やAppleのM3/M4と比較しても、大幅に高い数値です。

AMDはこのNPU性能におけるリーダーシップを積極的にアピールしており 1、特にRyzen AI 5 340のようなメインストリーム向け製品で50 TOPSという高い性能を実現している点は、AI PC市場におけるAMDの強力な武器となり得ます。しかしながら、TOPS値はあくまで理論上の最大演算能力を示す指標であり、実際のアプリケーションにおけるAI処理の速度や効率は、実行されるAIモデルの種類、ソフトウェアの最適化度合い、メモリ帯域幅、そしてNPUアーキテクチャの特性など、多くの要因に依存します。したがって、TOPS値での優位性を認識しつつも、実際のアプリケーションを用いたベンチマーク結果を重視する必要があります。

5.3. 実アプリケーション / ベンチマークテスト

NPUの実際の性能を評価するには、特定のAIワークロードを実行するベンチマークテストや、NPUを活用するアプリケーションでの動作を確認する必要があります。

  • UL Procyon AI Inference Benchmark: AMDは公式発表の場で、このベンチマークを用いた性能比較を示唆しています 5。Procyon AI Inference Benchmarkは、Windows ML、Intel OpenVINO、NVIDIA TensorRTなど、様々な推論エンジン(AIモデルを実行するためのソフトウェア)を使用して、画像分類、物体検出、自然言語処理といった一般的なAIタスクを実行し、NPU、GPU、CPUそれぞれのAI処理性能を測定します。Ryzen AI 300シリーズ、特にXDNA 2 NPUでの具体的なスコアに関するレビューが待たれます。
  • DirectML: PCMagが実施したテスト 28 では、MicrosoftのDirectML APIを用いたベンチマークにおいて、Ryzen AI 300(テスト機はHX 370搭載)のXDNA 2 NPUが、比較対象のSnapdragon X搭載システムの約3倍の性能を示したと報告されています。ただし、この特定のベンチマークセットに対してSnapdragon側が最適化されていなかった可能性も指摘されており、結果の解釈には注意が必要です。それでも、特定のAIフレームワークにおいては、XDNA 2が高い性能を発揮する可能性を示唆するデータと言えます。
  • Copilot+ 機能: Recall(過去のPC操作を検索可能にする機能)、Live Captions(リアルタイム字幕生成)、Studio Effects(ビデオ会議での背景ぼかしや視線補正)といった、Windows OS標準のAI機能 2 が、Ryzen AI 300シリーズのNPU上でどの程度スムーズかつ低消費電力で動作するかが、実用的な性能を測る上での重要な指標となります。これらの機能に関する実際の使用感を含めたレビューが重要になってくるでしょう。

5.4. ソフトウェアエコシステムの重要性

NPUのハードウェア性能がいくら高くても、それを活用するソフトウェアが存在しなければ、その能力は宝の持ち腐れとなってしまいます。NPUの性能を最大限に引き出すためには、対応するソフトウェアや、ハードウェアの能力を引き出すためのドライバ、開発者向けツールキットなどのソフトウェアエコシステムの成熟が不可欠です 1。AMDは、開発者向けにライブラリやツールを提供し、XDNA 2 NPUを活用したアプリケーション開発を支援していますが、IntelやQualcommも同様にエコシステム構築に力を入れています。今後、Adobe Creative Suiteのようなクリエイティブソフト、ビデオ編集ソフト、さらにはゲームにおけるAIを活用したアップスケーリング技術(例: FSRとは別のNPUベース技術)など、どれだけ多くのサードパーティ製アプリケーションがXDNA 2に最適化され、NPUの利用が進むかが、Ryzen AI 300シリーズ、ひいてはRyzen AI 5 340の長期的な価値を左右する鍵となります。前述のBlock FP16 1 は、開発の障壁を下げる一助となるかもしれませんが、依然としてエコシステムの広がりとその速度は未知数であり、今後の動向を注視する必要があります。

[テーブル 4] NPU性能比較表 (主要プロセッサーとの比較)

プロセッサーNPU アーキテクチャ公称 TOPS (NPU単体)SoC全体 TOPS (参考)実測ベンチマーク (例: Procyon AI)出典例 (参考)
Ryzen AI 5 340XDNA 250N/AN/A (レビュー待ち)1
Ryzen AI 9 HX 370XDNA 250最大 80 29N/A (レビュー待ち)1
Ryzen AI 9 HX 375XDNA 255N/AN/A (レビュー待ち)7
Core Ultra 7 155HIntel AI Boost (Gen 1)~10~34低スコア各種レビューサイト
Core Ultra 7 258VIntel AI Boost (Gen 3)48100+高スコア 1212
Snapdragon X EliteHexagon4575N/A (レビュー待ち/DirectML低 28)4
Apple M4Neural Engine (16-core)3838N/AApple公式情報

注意: TOPS値は公称値であり、実際の性能はワークロードやソフトウェア最適化に依存します。SoC全体 TOPSはCPU+GPU+NPUの合計値で、メーカーや定義により異なります。実測ベンチマークスコアは、テスト条件やソフトウェアバージョンにより変動するため、参考情報としてください。

6. 総合性能評価とプロファイル

6.1. Ryzen AI 5 340の強み

これまでの分析を踏まえ、Ryzen AI 5 340の主な強みは以下の点にあると考えられます。

  • クラス最高レベルのNPU性能: メインストリーム向けの製品でありながら、上位モデルと同等の50 TOPSという高いNPU性能を備えている点は最大の魅力です 1。これにより、将来登場するであろう様々なAIアプリケーションや、Copilot+ PCが提供する高度なAI体験にネイティブで対応できる基盤を持ちます。これは、同クラスの競合製品に対する明確なアドバンテージとなり得ます。
  • 優れたシングルコアCPU性能: 最新のZen 5アーキテクチャを採用することにより、OSやアプリケーションの応答性、Webブラウジングなど軽負荷時のパフォーマンスにおいて、旧世代や一部の競合製品を上回る高い性能が期待されます 8
  • 最新プラットフォームへの対応: DDR5またはLPDDR5Xといった高速メモリ規格、PCIe 4.0インターフェース、そして最大40Gbpsの転送速度を持つUSB4ポートへのネイティブ対応など、最新のプラットフォーム技術をサポートしており、将来性が確保されています 8
  • 電力効率の可能性: Zen 5c効率コアの採用(ハイブリッド構成の場合)や、先端の4nm製造プロセスにより、パフォーマンスとバッテリー駆動時間のバランスに優れている可能性があります 16。ただし、これは実際の製品でのチューニングやTDP設定に大きく依存するため、実機での検証が必要です。

6.2. Ryzen AI 5 340の弱み(懸念点)

一方で、Ryzen AI 5 340にはいくつかの弱み、あるいは懸念点も存在します。

  • 限定的なGPU性能: 搭載されるRadeon 860MはCU数が4基と少なく 5、Ryzen AI 300シリーズの上位モデル(Radeon 890M/880M)や、一部の競合製品(Intel Lunar LakeのXe2-LPGなど)の内蔵GPUと比較して、グラフィックス性能が見劣りします。最新のPCゲームを高画質でプレイしたり、GPUアクセラレーションを多用する高度なクリエイティブ作業を行ったりするには不向きです。
  • マルチコアCPU性能: 6コア/12スレッド構成 5 は、一般的な用途には十分ですが、動画エンコード、複雑な科学技術計算、大規模なソフトウェア開発など、CPUコアを多数同時に、かつ長時間使用するような重いマルチスレッドタスクにおいては、より多くのコアを持つ上位モデル(例: HX 370の12コア 8)や一部の競合製品に性能面で劣る可能性があります 14
  • ソフトウェアエコシステムの成熟度: NPUの高い性能を十分に活かすためには、対応するアプリケーションや最適化されたドライバが不可欠ですが、現時点ではまだ発展途上の段階にあると考えられます 25。特にサードパーティ製アプリケーションにおけるNPUの活用がどの程度進むかは、今後のエコシステムの発展次第となります。

6.3. 性能プロファイル

これらの強みと弱みを総合すると、Ryzen AI 5 340は「AI性能を重視するメインストリームユーザー向けのプロセッサー」と位置づけることができます。日常的な作業(Webブラウジング、メール、文書作成)、オフィスワーク、オンラインコミュニケーション、動画視聴、そして写真管理や軽いレタッチといったコンテンツ作成、さらには将来普及が見込まれるOS標準のAI機能や、NPUを活用するアプリケーションを快適に利用したいユーザーに適しています。

しかし、本格的なPCゲーミングや、プロフェッショナルレベルの動画編集、3D CG制作といった、高いGPU性能や極めて高いマルチコアCPU性能を要求されるヘビーなクリエイティブワークロードには、より多くのCPUコアと強力なGPU(内蔵またはディスクリート)を備えた上位モデルのプロセッサーや、専用のワークステーション/ゲーミングPCが推奨されます。

Ryzen AI 5 340のスペック構成(6コアCPU、4 CU GPU、50 TOPS NPU)は、従来のCPU/GPU性能のバランスを重視したAPUとは異なり、NPU性能にリソースを重点的に割り当てた設計思想が見て取れます。これは、今後のPC市場においてAI機能が標準搭載され、OSやアプリケーションレベルでのNPU活用が進むことを見越した、AMDの戦略的な製品設計であると考えられます。将来的にNPUがより多くのタスクを効率的に処理するようになれば、CPUやGPUの負荷が軽減され、結果としてシステム全体でのユーザーエクスペリエンスが向上するという期待に基づいている可能性があります。この意味で、Ryzen AI 5 340は単なる「性能を抑えた下位モデル」ではなく、「AI性能に最適化されたメインストリーム向けAPU」という、新しいカテゴリーを形成する可能性を秘めていると言えるでしょう。

7. 競合製品との比較

Ryzen AI 5 340が市場で競合すると考えられる主要なプロセッサーとの比較を以下に示します。

  • 対 Intel Core Ultra (Meteor Lake – 第1世代、例: Core Ultra 5 125H):
  • CPU: Ryzen AI 5 340のZen 5コアは、Meteor LakeのRedwood Cove Pコアに対して、特にシングルコア性能で優位に立つ可能性が高いと推測されます 8。マルチコア性能は、Core Ultra 5 125Hが4P+8E+2LPコア(合計14コア/18スレッド)という構成であるため、ワークロードによって優劣が分かれる可能性があります。
  • GPU: Radeon 860M (4 CU) は、Meteor LakeのIntel Arc Graphics(Core Ultra 5 125Hは7 Xeコア、上位は8 Xeコア)と比較して、グラフィックス性能で劣る可能性があります。
  • NPU: Ryzen AI 5 340の50 TOPSは、Meteor Lake NPUの約10 TOPSを大幅に上回ります。AI処理性能においては、Ryzen AI 5 340が明確なアドバンテージを持ちます。
  • 対 Intel Core Ultra (Lunar Lake – 第2世代、例: Core Ultra 7 258V):
  • CPU: Lunar Lake(Lion Cove Pコア + Skymont Eコア)は、シングルスレッド性能において大幅な向上が報告されており、Ryzen AI 300シリーズ(Zen 5)と非常に近いレベルで競合すると予想されます 12。マルチコア性能については、Lunar Lakeが低消費電力モバイル向けに最適化された設計(例: 4P+4Eコア構成)であるため、6コア構成のRyzen AI 5 340との比較は、実行するタスクの種類やTDP設定によって結果が変わるでしょう。
  • GPU: Lunar Lakeに搭載される次世代GPU「Xe2-LPG」(Battlemageアーキテクチャベース)は、大幅な性能向上が期待されており、Radeon 860M (4 CU) を上回る可能性が高いと考えられます。
  • NPU: Lunar LakeのNPUは48 TOPSと公称されており 20、Ryzen AI 5 340の50 TOPSと非常に近い性能レベルです。NPU単体の性能では互角の競争となり、SoC全体でのAI処理能力(CPU+GPU+NPUの連携)やソフトウェア最適化が差別化要因となる可能性があります。
  • 対 Qualcomm Snapdragon X Elite / Plus:
  • CPU: Snapdragon Xシリーズに搭載されるOryonコアは、ARMアーキテクチャベースでありながら高いCPU性能を発揮しますが、従来のx86アーキテクチャ向けに開発されたアプリケーションの互換性や、エミュレーション実行時の性能が課題となる場合があります 3。Ryzen AI 300シリーズはネイティブなx86性能で有利です。AMDは多くのシナリオでRyzen AI 300が優位であると主張していますが 1、Qualcommも独自の比較データを提示しており 3、実際の性能差はアプリケーションによります。
  • GPU: Snapdragon Xに搭載されるAdreno GPUも比較的高性能ですが、RDNA 3.5ベースのRadeon Graphics(特に上位の890M/880M)との詳細な性能比較が必要です。CU数の少ないRadeon 860M (4 CU) との比較では、Adreno GPUが有利となる場面も考えられます。
  • NPU: Ryzen AI 5 340の50 TOPSは、Snapdragon X Eliteの45 TOPSをわずかに上回ります 4。ただし、前述の通りTOPS値は理論性能であり、実際のAIアプリケーションにおける性能差は、アーキテクチャの違いやソフトウェア最適化によって左右されるため、実測での比較が重要です。
  • 対 旧世代 AMD Ryzen (7040/8040シリーズ、例: Ryzen 5 7640HS/8640HS):
  • CPU: Zen 5アーキテクチャの採用により、IPC向上とクロック周波数の向上から、シングルコア・マルチコア共に旧世代(Zen 4ベース)からの着実な性能向上が期待されます。
  • GPU: Radeon 860M (4 CU) はRDNA 3.5アーキテクチャですが、旧世代のミドルレンジGPUであるRadeon 760M(8 CU, RDNA 3)やエントリーGPUのRadeon 740M(4 CU, RDNA 3)と比較した場合の性能差は、アーキテクチャ効率の向上とCU数のトレードオフとなるため、実測データでの確認が必要です。
  • NPU: 50 TOPSという性能は、旧世代のXDNAアーキテクチャ(10~16 TOPS)から比較にならないほど大幅に向上しており 19、AI処理能力に関しては世代間の差が最も大きい部分となります。

8. まとめと結論

8.1. Ryzen AI 5 340の評価

AMD Ryzen AI 5 340は、今後のPC市場においてAI機能の重要性が増す中で、特にその点に価値を見出すメインストリームユーザーにとって、非常に魅力的な選択肢となる可能性を秘めたプロセッサーです。クラス最高レベルと言える50 TOPSのNPU性能を、比較的手の届きやすい価格帯の製品で提供することにより、将来のAIアプリケーションへの対応力という点で大きな強みを持っています。加えて、最新のZen 5アーキテクチャによるCPU性能の向上も期待でき、日常的なコンピューティング体験の向上に貢献するでしょう。

8.2. 性能のトレードオフの認識

一方で、その性能プロファイルは、AI性能に重点を置いたトレードオフの結果であることを理解する必要があります。内蔵GPUの性能は限定的であり、最新のゲームを高画質で楽しみたいユーザーや、高度なグラフィックス処理を必要とするクリエイターには不向きです。また、CPUのマルチコア性能も上位モデルには及ばないため、非常に重い演算処理を頻繁に行うユーザーにとっては、より多くのコアを持つプロセッサーが適しています。ユーザーは自身の主なPCの用途(AI機能の活用度、日常業務、ゲーム、クリエイティブ作業の比重など)を考慮し、この性能のトレードオフを理解した上で、Ryzen AI 5 340が自身のニーズに合致するかどうかを判断する必要があります。

8.3. 今後の展望

Ryzen AI 5 340を搭載したノートPC製品の登場は2025年第1四半期に予定されており 5、その登場に伴って公開されるであろう詳細なベンチマークレビューが待たれます。実際の製品におけるパフォーマンス、消費電力、そして発熱などの特性が明らかになることで、より正確な評価が可能になるでしょう。また、長期的な視点では、XDNA 2 NPUの高いポテンシャルを活かすソフトウェアエコシステムの発展が、本プロセッサー、ひいてはRyzen AI 300シリーズ全体の真価を決定づける上で、極めて重要な要素となります。OSレベルでのAI機能統合に加え、サードパーティ製アプリケーションにおけるNPU活用がどれだけ進展するかが、今後の注目点です。

引用文献

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