Apple A10 Fusion ベンチマークまとめ

CPU・SoC

2025.04.17

1. はじめに
2. Apple A10 Fusion 搭載デバイス
3. 主要ベンチマークスコア分析
4. 競合チップとの性能比較
1. 4.1. Snapdragon 820/821との比較
2. 4.2. Kirin 960との比較
5. 世代間性能比較
1. 5.1. A9チップとの比較
2. 5.2. A11 Bionicチップとの比較
6. 実使用感レビュー
1. 6.1. iPhone 7 / 7 Plus
2. 6.2. iPad (第6世代 / 第7世代)
7. 結論

1. はじめに

Apple A10 Fusionチップは、2016年にiPhone 7およびiPhone 7 Plusと共に発表されたApple独自の64ビットARM SoC（System-on-a-Chip）です ¹。AppleのモバイルSoCとしては第4世代にあたり、高性能コアと高効率コアを組み合わせたbig.LITTLE構成を初めて採用した点が特徴です。本レポートでは、日本語のウェブサイト情報を基に、A10 Fusionチップの性能をベンチマークスコア、競合チップとの比較、世代間比較、そして実使用感の観点から詳細に分析します。

2. Apple A10 Fusion 搭載デバイス

Apple A10 Fusionチップは、以下のAppleデバイスに搭載されています ¹。

iPhone 7: 2.33GHz ¹
iPhone 7 Plus: 2.33GHz ¹
iPad (第6世代): 2.21GHz ¹
iPad (第7世代): 2.32GHz ¹
iPod touch (第7世代): 1.64GHz ¹

これらのデバイスは、発表時期やターゲット層が異なるため、チップの動作クロック周波数や搭載メモリ容量（例：iPhone 7は2GB RAM ⁷、iPad 第7世代は3GB RAM ⁴）に差異が見られます。これらの違いが、実際のパフォーマンスに影響を与える可能性があります。特にiPad 第6世代と第7世代は、プロセッサは同じA10 Fusionですが、RAM容量が異なり（第6世代は2GB ⁸、第7世代は3GB ⁴）、ディスプレイサイズも異なります ⁴。

3. 主要ベンチマークスコア分析

スマートフォンの性能を客観的に評価する指標として、ベンチマークテストが広く用いられています ⁹。ここでは、A10 Fusion搭載デバイスにおける主要なベンチマークテスト（Geekbench, AnTuTu, 3DMark）の結果を分析します。

3.1. CPU性能：Geekbenchスコア

Geekbenchは、CPUのシングルコア性能とマルチコア性能を測定する代表的なベンチマークツールです。

Geekbench 4/5/6 スコア（参考値）

デバイス	チップ	Geekbench 4 (Multi)	Geekbench 5 (Multi)	Geekbench 6 (Single/Multi)	出典例
iPhone 7 Plus	A10 Fusion	N/A	1156	N/A	¹⁰
iPhone 7	A10 Fusion	N/A	963	N/A	¹⁰
iPad (第7世代)	A10 Fusion	N/A	1384 (742/1394)	4192 (Compute)	¹⁰
iPad (第6世代)	A10 Fusion	N/A	1140 (1141)	872/1218	¹⁰
iPod touch (第7世代)	A10 Fusion	N/A	1036	N/A	¹⁰
(比較) iPad Pro (9.7)	A9X	N/A	1097	5663 (Compute)	¹⁰
(比較) iPhone 8 (A11)	A11 Bionic	N/A	1697	N/A	¹⁰
(比較) iPhone 6s (A9)	A9	N/A	876	N/A	¹⁰

注: Geekbenchのスコアはバージョン(v4, v5, v6)やOSバージョンによって変動します。上記は公開されているデータからの参考値であり、特定の条件下での絶対的な比較を示すものではありません。

Geekbenchのスコアからは、A10 Fusionがシングルコア性能において依然として高い水準を維持していることが示唆されます。特にiPhone 7/7 Plus発表当時、そのシングルコア性能は他のスマートフォン向けチップを凌駕していました ¹⁷。iPad 第7世代のGeekbench 5スコアは、第6世代と同等レベルですが ¹⁶、第8世代iPad（A12 Bionic搭載）と比較すると、シングルコアで約1.5倍、マルチコアで約1.6倍の性能差が見られます ¹³。これは、世代間の着実な性能向上を示しています。

3.2. 総合性能：AnTuTu Benchmarkスコア

AnTuTu Benchmarkは、CPU、GPU、メモリ（MEM）、ユーザーエクスペリエンス（UX）を総合的に評価するベンチマークツールです。ただし、AnTuTuはバージョン間の互換性が低く、スコアの解釈には注意が必要です ¹⁸。特にv9からv10への移行期にはスコアの変動や測定異常が報告されています ¹⁸。

AnTuTu Benchmark スコア（参考値、バージョン混在）

デバイス	チップ	AnTuTu スコア (Ver.)	出典例
iPhone 7 Plus	A10 Fusion	~400,000 (v10)	¹⁹
iPhone 7	A10 Fusion	~360,000 (v10)	¹⁹
iPhone 7	A10 Fusion	313,669 (v9.0.6)	²¹
iPhone 7	A10 Fusion	191,253 (v7)	²⁰
iPhone 7	A10 Fusion	174,745 (v6)	²⁰
iPad (第7世代)	A10 Fusion	434,699 (v10)	²²
iPad (第7世代)	A10 Fusion	258,480 (v不明, iOS13)	²³
iPad (第7世代)	A10 Fusion	~250,000 (v不明)	¹³
iPad (第6世代)	A10 Fusion	~210,000 (v不明, iOS12)	²⁴
(比較) iPhone X (A11)	A11 Bionic	359,168 (v9.0.6)	²⁵
(比較) iPhone 8 (A11)	A11 Bionic	393,638 (v9.0.6)	²⁵
(比較) iPhone SE (A9)	A9	247,803 (v9.0.6)	²¹
(比較) A10X Fusion	A10X Fusion	234,294 (v不明, UX除く)	²⁶ (※UXスコア61,042を除く合計)

AnTuTuスコアはバージョンによって大きく変動するため、単純比較は困難です。しかし、同一バージョン内での比較（例：v9.0.6でのA10 FusionとA9/A11の比較 ²¹）や、同一デバイスでのバージョンアップに伴うスコア変化 ²⁰ を見ることで、相対的な性能傾向を把握できます。例えば、AnTuTu v9において、A10 Fusion (iPhone 7) はA9 (iPhone SE) に対して約6万点の差をつけており ²¹、A11 Bionic (iPhone X/8) に対しては4〜8万点程度の差があります ²⁵。これはGeekbenchの結果とも整合性があり、世代間の性能向上を示しています。iPad 第7世代のAnTuTuスコアは、第8世代（A12 Bionic）と比較して約14万点低い結果が報告されており ¹³、これもチップ世代の差を反映しています。

3.3. GPU性能：3DMarkスコア

3DMarkは、主にGPU（グラフィックス処理ユニット）の性能を測定するためのベンチマークツールです。特に「Sling Shot」および「Sling Shot Extreme」テストは、モバイルデバイスのグラフィック性能比較によく用いられます ²⁷。

3DMark Sling Shot / Extreme スコア（参考値）

テスト	デバイス/チップ	スコア (中央値/実測値)	出典例
Sling Shot Unlimited	A10 Fusion GPU	3584 (中央値)	²⁷
Sling Shot Extreme Unlimited	A10 Fusion GPU	2616.5 (中央値)	²⁷
Sling Shot Extreme Unlimited	iPhone 7	2357.4 (総合)	³²
Sling Shot Extreme Unlimited Graphics	iPhone 7	2896.7	³²
Sling Shot Extreme Unlimited Physics	iPhone 7	1657.8	³²
Sling Shot Extreme (Onscreen)	iPhone 7	1939 (総合)	²⁹
Sling Shot Extreme (Onscreen) Graphics	iPhone 7	2679	²⁹
Sling Shot Extreme (Onscreen) Physics	iPhone 7	970	²⁹
Sling Shot Unlimited	iPhone 7	2626	³¹
(比較) Sling Shot Unlimited	Snapdragon 835	4089	³¹
(比較) Sling Shot Unlimited	Snapdragon 820	2200	³¹

3DMarkのスコアを見ると、A10 FusionのGPU性能は当時のハイエンドチップとして十分なレベルにあったことがわかります。しかし、より新しい世代のチップ、例えばSnapdragon 835と比較すると、特に負荷の高いSling Shot Unlimitedテストでは差が見られます ³¹。これは、モバイルGPU技術の急速な進化を示しています。A10 Fusion世代が、AppleがGPUアーキテクチャとしてPowerVRを採用した最後の世代である点も特筆されます ³³。

4. 競合チップとの性能比較

A10 Fusionが登場した2016年頃の主要な競合チップとしては、QualcommのSnapdragon 820/821やHiSiliconのKirin 960などが挙げられます。

4.1. Snapdragon 820/821との比較

Snapdragon 820は、多くのAndroidフラッグシップ機に搭載されたチップです ³¹。

CPU性能: Geekbenchのシングルコア性能では、A10 FusionがSnapdragon 820を大きく上回る傾向が見られます ¹⁷。これは、AppleのカスタムCPUコア設計の強みを示しています。マルチコア性能では差が縮まる、あるいは逆転する場合もありますが、多くの一般的なアプリは1〜2コアに依存するため、シングルコア性能の高さが体感速度に繋がりやすいと指摘されています ³⁵。
GPU性能: 3DMark Sling Shot Unlimitedのスコア比較では、A10 Fusion (2626) はSnapdragon 820 (2200) を上回っています ³¹。
総合性能: AnTuTu Benchmark (v6) では、iPhone 7 (A10 Fusion) が約17万点台 ²⁰ であったのに対し、Snapdragon 820搭載機は概ね13〜14万点台であり、A10 Fusionが優位でした。

4.2. Kirin 960との比較

Kirin 960は、Huaweiの当時のハイエンドチップです。

CPU性能: Geekbenchのシングルコア性能ではA10 FusionがKirin 960を上回りますが、マルチコア性能ではKirin 960が優位な結果を示すことがあります ³⁶。これは、Kirin 960が8コア構成（高性能4コア+高効率4コア）であるのに対し、A10 Fusionが4コア構成（高性能2コア+高効率2コア）であることに起因すると考えられます。しかし、前述の通り、実際のアプリ使用感ではシングルコア性能の高いA10 Fusionが有利な場面が多いと分析されています ³⁵。
GPU性能: Kirin 960はGPU性能も強化されましたが、ベンチマークテストによってはA10 Fusionが依然として優位性を示す場合がありました。ただし、特定のベンチマーク（3DMark）でKirin 960の描画に問題が見られたとの報告もあり、最適化や互換性の問題も考慮する必要があります ³⁷。

総じて、A10 Fusionは発表当時、特にシングルコアCPU性能において競合チップに対して明確なアドバンテージを持っていました。GPU性能も強力でしたが、Snapdragon 835のような次世代の競合チップが登場すると、その差は縮まりました ³¹。

5. 世代間性能比較

A10 Fusionの性能をより深く理解するために、前世代のA9チップと次世代のA11 Bionicチップとの比較を行います。

5.1. A9チップとの比較

A9チップはiPhone 6s/6s Plus、iPhone SE (第1世代)、iPad (第5世代) などに搭載されました ¹⁰。

CPU性能: Appleの発表によれば、A10 FusionのCPU性能はA9比で最大40%高速化されています ⁸。Geekbench 5のマルチコアスコア比較でも、iPhone 7 (963) はiPhone 6s (876) を上回っています ¹⁰。
GPU性能: GPU性能はA9比で最大50%高速化されたとされています ⁸。
総合性能: AnTuTu Benchmark (v9.0.6) の比較では、A10 Fusion (iPhone 7: 313,669) はA9 (iPhone SE: 247,803) に対して約6.5万点の差をつけており、着実な性能向上を示しています ²¹。

5.2. A11 Bionicチップとの比較

A11 BionicチップはiPhone 8/8 Plus、iPhone Xに搭載されました ¹⁰。

CPU性能: A11 Bionicは6コアCPU（高性能2コア+高効率4コア）を搭載し、マルチコア性能が大幅に向上しました。Geekbench 5のマルチコアスコアでは、iPhone 8 (1697) はiPhone 7 (963) を大きく引き離しています ¹⁰。シングルコア性能も向上しています ³⁹。
GPU性能: Apple独自設計のGPUを初めて搭載し、A10 Fusion比で最大30%高速化されたとされています ³⁹。
総合性能: AnTuTu Benchmark (v9.0.6) では、A11 Bionic (iPhone 8: 393,638) はA10 Fusion (iPhone 7: 313,669) に対して約8万点の差をつけており、世代間の大きな性能ジャンプが見られます ²⁵。

これらの比較から、A10 FusionはA9から着実な性能向上を果たし、A11 Bionicへの移行期において重要な役割を担ったチップであったことがわかります。

6. 実使用感レビュー

ベンチマークスコアは理論上の性能を示すものですが、実際の使用感が重要です。日本語レビューサイトから、A10 Fusion搭載デバイスの実使用感に関する評価を収集・分析しました。

6.1. iPhone 7 / 7 Plus

全般的な動作: 発売当時、A10 Fusionの搭載により、アプリ起動や操作全般が高速で快適であると評価されていました ⁴⁰。特にシングルコア性能の高さから、多くの日常的な操作でストレスを感じることは少ないと報告されています ³⁵。
アプリ起動速度: 旧世代iPhone（例：iPhone 6s）や当時の競合Android端末（例：Galaxy Note 7）と比較して、アプリの起動が高速であるというテスト結果が複数報告されています ⁴²。OSアップデート後も、旧バージョンと比較して動作速度が低下することは少なく、良好なパフォーマンスを維持していました ⁴⁴。ただし、最新機種（例：iPhone 13 mini, iPhone 14 Pro MAX）と比較すると、アプリ起動や処理には明確な差が見られます ⁴⁶。
ゲーム性能: 発売当時は「デレステ」のようなリズムゲームも3D標準設定で問題なく動作し、入力遅延なども少ないと評価されていました ⁴⁸。AnTuTuスコアが16万点を超えていたことからも、当時のハイエンドゲームに対応できる性能がありました ⁴⁰。しかし、最新の重い3Dゲーム（例：「原神」）を高画質設定で快適にプレイするには性能不足となる場合があります ⁴⁶。
ストレージ性能: iPhone 6sと比較してストレージ性能が向上し、起動時間の短縮に寄与しているとの分析があります ⁴²。AnandTechのテストではNAND性能自体は6sと同等レベルでしたが、起動時間には差が見られたようです ³²。

6.2. iPad (第6世代 / 第7世代)

全般的な動作: A10 Fusionチップにより、ウェブブラウジング、動画視聴、PDF閲覧、簡単な画像編集などは快適に行えます ⁴⁹。iPadOSのマルチタスク機能（Split View, Slide Over）も問題なく動作し、複数のアプリを同時に利用する作業も可能です ⁴⁹。
ゲーム性能: iPad 第6世代/第7世代は、発売当時においては多くの3Dゲームを快適にプレイできる性能を持っていました ⁴⁹。AnTuTuスコアが20万点を超えていたことからも、コストパフォーマンスの高いゲーム用タブレットとしても評価されていました ⁵²。ただし、最新のiPad Pro（M2チップ搭載など）と比較すると、グラフィック性能や処理速度には差があります ⁵⁴。
マルチタスク性能: iPadOSのSplit ViewやSlide Overといったマルチタスク機能は、A10 Fusion搭載のiPadでも利用可能です ⁴⁹。2つのアプリを画面分割表示したり、一時的に別のアプリを小窓表示したりすることで、情報参照しながらの作業効率を高めることができます ⁵⁰。画面が大きいiPad Proなどと比較すると表示領域は狭まりますが、基本的なマルチタスクは十分にこなせると評価されています ⁵⁴。iPad 第7世代は第6世代よりRAMが多いため (3GB vs 2GB) ⁴、より多くのアプリを同時に開いた際の安定性が若干向上している可能性がありますが、基本的なマルチタスク体験に大きな差はないと考えられます ¹⁶。
Apple Pencil対応: iPad 第6世代および第7世代は、第1世代Apple Pencilに対応しています ²。メモ書きや簡単なイラスト作成には十分な反応速度と精度があると評価されていますが、本格的な描画においては、iPad Proと第2世代Apple Pencilの組み合わせと比較すると、ペンの重さや視差、書き心地の点で違いを感じるという意見もあります ¹³。

総じて、A10 Fusion搭載デバイスは、発売から数年経過した現在でも、ウェブブラウジング、動画視聴、SNS、軽めのゲームといった日常的な用途であれば、比較的快適に使用できる性能を維持しています。しかし、最新の高性能を要求するゲームや、重いマルチタスク、プロレベルのクリエイティブ作業には限界が見られます。

7. 結論

Apple A10 Fusionチップは、iPhone 7/7 Plus、iPad (第6世代/第7世代)、iPod touch (第7世代) に搭載され、2016年の登場時には特にシングルコアCPU性能で競合をリードする高いパフォーマンスを発揮しました。big.LITTLEアーキテクチャの初採用により、性能と電力効率の両立を図った点も特徴です。

ベンチマークスコア分析からは、A10 Fusionが前世代のA9から着実な性能向上を果たし、次世代のA11 Bionicへの橋渡し役となったことが確認できます。Geekbenchでは高いシングルコア性能を示し、AnTuTuや3DMarkでも当時のハイエンドチップとして十分なスコアを記録しました。ただし、ベンチマークスコア、特にAnTuTuはバージョンによる変動が大きいため、解釈には注意が必要です。

競合チップとの比較では、Snapdragon 820やKirin 960に対して、シングルコア性能で優位に立つ場面が多く、これが実際のアプリ使用感の良さに繋がっていたと考えられます。一方で、マルチコア性能や、後の世代のチップ（Snapdragon 835など）とのGPU性能比較では、差が見られるようになりました。

実使用感のレビューからは、A10 Fusion搭載デバイスが、発売から時間が経過した現在でも、日常的なタスクや軽めのゲームであれば比較的快適に動作することがわかります。特にiPad 第6世代/第7世代は、手頃な価格でApple PencilやiPadOSのマルチタスク機能を利用できるエントリーモデルとして、教育市場や一般ユーザーに広く受け入れられました。

しかし、最新の高性能を要求するアプリケーション（高負荷な3Dゲーム、動画編集など）や、ヘビーなマルチタスク環境においては、性能的な限界も見られます。A10 Fusionは、モバイルプロセッサの進化における重要な一歩であり、その性能は多くのユーザーに長期間にわたり価値を提供しましたが、現在の基準ではミドルレンジからエントリークラスの性能と位置づけられます。