Google Tensor G3は、Google Pixel 8シリーズに搭載された第3世代のカスタムSystem-on-a-Chip (SoC) である。Samsungの4nmプロセスで製造され、ARM Cortex-X3を1コア、Cortex-A715を4コア、Cortex-A510を4コア搭載するユニークな9コアCPU構成を採用している。GPUにはARM Mali-G715 MP7を搭載し、AI処理にはGoogle独自の次世代TPU (Tensor Processing Unit) を内蔵する。本レポートでは、Tensor G3のアーキテクチャ、ベンチマーク性能、競合チップとの比較、実使用感、そしてAI能力を詳細に分析し、その強みと弱みを評価する。分析の結果、Tensor G3は前世代から着実な進化を遂げ、特にGoogleのAI駆動型ソフトウェア機能の実現に重点を置いていることが明らかになった。一方で、競合するハイエンドSoCと比較して、CPUおよび特にGPUのピーク性能では劣っており、高負荷時のサーマルスロットリングも顕著である。このため、独自のAI機能を重視するPixelユーザーには適しているが、最高の処理性能やゲーミング体験を求めるユーザーには最適とは言えない。
1. Google Tensor G3: アーキテクチャと仕様
1.1. 概要と製造プロセス
Google Tensor G3は、Google Pixel 8およびPixel 8 Proの発表に合わせて2023年10月4日に正式に発表されたSoCである 1。モデル番号はGS301 (S5P9865)、コードネームは「Zuma」として知られている 1。設計はGoogle自身が行い、製造は前世代に引き続きSamsungが担当し、4nmプロセス技術を採用している 1。これは、Tensor G1およびG2で採用されていたSamsungの5nmプロセスからの微細化を意味する 6。
Googleが一貫してSamsungのファウンドリを利用している点 1 は注目に値する。Qualcommなどの競合他社がフラッグシップチップの製造にTSMCをしばしば採用するのに対し 3、GoogleはSamsungとの連携を継続している。ファウンドリの選択は、チップの性能、電力効率、熱特性に大きな影響を与えるため、Tensor G3の特性はSamsungの特定の4nmノードの能力に結びついている可能性がある。これは、TSMC製チップとの性能や効率、あるいは観測される熱挙動の違いの一因となり得る。
Tensor G3は、完全なカスタム設計というよりは、セミカスタムアプローチを採用している。標準的なARM CPUコア(Cortex-X3, A715, A510)を利用しつつ 1、Google独自のTPU 1 や、カスタムISP/DSP要素 7 を統合している。さらに、Samsung製のExynosモデムを採用している 1。一部では、噂されていたExynos 2300との類似性も指摘されているが 12、Googleはそのカスタム性を強調している 11。この戦略により、Googleは既存のエコシステムを活用しつつAI機能で差別化を図ることができるが、完全カスタム設計や最先端のライセンスIP実装と比較すると、純粋な性能向上には限界があるかもしれない。
1.2. CPU構成
Tensor G3のCPUは、ARMv9-A命令セットアーキテクチャを採用している 1。特筆すべきは、Tensor G3が64ビット専用であり、32ビットアプリのサポートを廃止した点である 6。これはAndroidの将来的な方向性に沿ったものだが、古いアプリとの互換性が失われることを意味する。
コア構成は、モバイルSoCとしては珍しい9コア(Nona-core)となっている 1。その内訳は以下の通りである。
- 高性能コア x1: ARM Cortex-X3 @ 2.91 GHz (一部情報源では3.0GHzや2.9GHzと表記) 1
- 中性能コア x4: ARM Cortex-A715 @ 2.37 GHz (一部情報源では2.4GHzや2.45GHzと表記) 1
- 高効率コア x4: ARM Cortex-A510 @ 1.7 GHz (一部情報源では2.15GHzと表記されているが、1.7GHzがより一般的) 1
L3キャッシュは4 MBと報告されている 4。TDP(持続電力制限)は6 Wとされており 2、これは競合するSnapdragon 8 Gen 2の8.5 W 3 と比較して低い値である。
この1+4+4というコアレイアウトは、多くの競合他社が採用する1+3+4 9 やSnapdragon 8 Gen 3の1+5+2 11 とは異なり、Googleの独自のアプローチを示している。以前のTensor G1/G2では2+2+4構成が採用されていた 1。シングルコアのCortex-X3と4つのCortex-A715を組み合わせることで、ミドルレンジのタスクにおけるマルチスレッド性能と効率性を重視し、ピーク性能よりもバランスを優先した設計思想がうかがえる。特にCortex-X3 (2.91GHz) やCortex-A715 (2.37GHz) のクロック周波数は、Snapdragon 8 Gen 2 (X3 @ 3.2GHz, A71x @ 2.8GHz) 3 やSnapdragon 8 Gen 3 (X4 @ 3.3GHz, A720 @ 3.0-3.2GHz) 11 と比較して控えめに設定されている。この控えめなクロック周波数と低いTDPは、発熱と消費電力を管理するための意図的な選択と考えられ、後述する高負荷時のスロットリングの一因となる可能性がある一方で、要求の少ない一般的なシナリオでのバッテリー寿命には寄与するかもしれない。
1.3. グラフィックス処理ユニット (GPU)
Tensor G3のGPUには、ARMのMali-G715が採用されている 1。これはValhall第4世代アーキテクチャに基づいている 2。コア数はMP7(7コア)構成であると複数の情報源が示唆している 1。いくつかの情報源 6 で10コア構成(MC10やdeca-core)との言及もあるが、ベンチマーク結果やレイトレーシング非対応という事実 4 を考慮すると、MP7構成が最も信頼性が高いと考えられる。GPU周波数は890 MHzに設定されている 1。なお、次世代のTensor G4では940 MHzに引き上げられている 8。機能面では、Vulkan 1.3およびOpenCL 2.0をサポートする 2。演算性能(FLOPS)は約1594.8 GFLOPSとされている 2。
Mali-G715自体は有能なGPUであるが、7コア構成(MP7)は、より多くのコアを搭載する競合のフラッグシップGPUや、QualcommのAdreno GPU(Snapdragon 8 Gen 2のAdreno 740 3 など)と比較すると、控えめな構成と言える。例えば、初代Tensor G1はMali-G78 MP20(20コア)を搭載していた 1。また、ハードウェアベースのレイトレーシングに対応していない点 4 も、最先端のモバイルGPUとの差となっている。これらの仕様と後述するベンチマーク結果 3 を踏まえると、Googleはモバイルゲーミング性能の頂点を競うことを意図していないことが示唆される。これはコスト削減、電力/熱管理戦略、あるいはターゲットユーザーにとって極端なGPUパワーよりもAI能力やシステム全体のバランスが重要であるという判断を反映している可能性がある。この選択は、要求の厳しいゲーム用途における競争力に直接影響を与える。
1.4. AI処理ユニット (TPU) およびその他のプロセッサ
Googleは、Pixelデバイスの重要な差別化要因として、オンデバイスAIおよび機械学習処理のためのカスタムTPU (Tensor Processing Unit) の役割を強く打ち出している。Tensor G3には、第3世代の「Edge TPU」が搭載されている 1。このTPUは「Rio」というコードネームで呼ばれ 1、クロック周波数は1119 MHzであり、G2に搭載された「Janeiro」(1066 MHz) よりも高速化されている 1。
Googleによると、このTPUはGoogleのAIモデルを効率的に実行するようにカスタム設計されており 7、Pixel 8はPixel 6(Tensor G1搭載)と比較して2倍以上の機械学習モデルをオンデバイスで実行できるという 14。これにより、高度な音声・言語理解、写真編集ツール(消しゴムマジック、ベストテイクなど)、リアルタイム翻訳といった機能が可能になるとされている 7。
さらに、新しいISP(画像信号プロセッサ)とイメージングDSP(デジタル信号プロセッサ)も搭載されている 7。DSPのコードネームは「Callisto」とされている 7。セキュリティ面では、統合されたTensorセキュリティコアがTitan M2セキュリティチップと連携して動作し、高度な攻撃に対する耐性を高めている 1。低消費電力の「Context Hub」プロセッサの存在も言及されている 12。
GoogleはTPUとAI能力をTensor G3の価値提案の中心に据えている 9。これは、ベンチマークで示されるCPU/GPU性能の競合に対する遅れ 3 を正当化する根拠として提示されているように見える。Googleは、従来の性能指標ではなく、AIを通じてモバイルコンピューティング体験を前進させることに焦点を当てていると述べている 13。しかし、Pixel独自のAI機能が、本当にカスタムTPUに依存しているのか、それともクラウド処理や他のハードウェアでも実行可能なソフトウェア最適化に依存しているのかについては、一部で疑問の声も上がっている 19。実際に、いくつかの要求の厳しいAIタスクはクラウドにオフロードされているとの指摘もある 17。したがって、TPUがTensor G3の価値の中核であるというGoogleの主張と、宣伝されている全てのAI機能におけるハードウェアの実際の必要性との間には、いくらかの隔たりがある可能性がある 9。これにより、AI機能の実現という観点だけでは、性能面でのトレードオフを客観的に評価することが難しくなっている。
1.5. メモリおよびストレージサポート
メモリ速度とストレージインターフェースは、システム全体の応答性、アプリの起動時間、ファイル転送速度に影響を与える重要な要素である。Tensor G3は、最新規格のメモリをサポートしている。
- RAMタイプ: LPDDR5X 1
- RAM速度: 4266 MHz 1
- RAMバス幅: 4x 16ビット (クアッドチャネル) 1
- RAM帯域幅: 68.2 GB/s 1
ストレージに関しては、Tensor G3はUFS 3.1およびより高速なUFS 4.0の両方をサポートしている 2。UFS 4.0はUFS 3.1の約2倍の速度と改善された効率を提供する 6。しかし、実際にTensor G3を搭載するPixel 8、Pixel 8 Pro、Pixel 8aでは、主にUFS 3.1ストレージが採用されている 1。
Tensor G3 SoCが技術的に高速なUFS 4.0ストレージ規格をサポートしているにもかかわらず 2、GoogleがPixel 8シリーズにUFS 3.1を採用した 1 ことは、注目すべき点である。Snapdragon 8 Gen 2/3などの競合SoCはUFS 4.0をサポートし、しばしば対応デバイスに搭載されている 3。レビューでは、これが潜在的なボトルネックや改善点として指摘されている 7。UFS 4.0の採用を見送ったことで、Googleはアプリの読み込み、ファイル転送、システム応答性など、新しい規格が提供する実用上の性能向上の機会を逸した可能性がある。これはコスト削減やサプライチェーン上の決定かもしれないが、UFS 4.0を利用する同時代のフラッグシップ機と比較した場合、具体的な仕様上のギャップとなっている。
1.6. 接続性
モデム性能は携帯電話のデータ速度と信頼性に、Wi-Fi規格は無線ネットワーク機能に影響する。Tensor G3は最新のWi-Fi規格をサポートする一方で、モデムはSamsung製を採用している。
- モデム: Exynos 5300i 1。これはTensor G2で使用されたExynos 5300gをわずかに変更したバージョンとされている 1。
- 5G速度: 最大ダウンロード速度 7300 Mbps、最大アップロード速度 3700 Mbps 2。これは、競合するQualcommのSnapdragon X70/X75モデム(例:SD8G2搭載機で最大10000 Mbpsダウンロード 3)と比較すると低い値である。
- Wi-Fi: Wi-Fi 7 対応 1
- Bluetooth: 5.3 1
- ナビゲーション: デュアルバンドGNSS (GPS, GLONASS, Beidou, Galileo, QZSS) 1
Googleが引き続きSamsung製のExynosモデム(G3では5300i)を採用している点 1 は、両社のハードウェアにおける密接な関係を裏付けている。Qualcommは通常、自社のSnapdragonモデム(例:SD8G2にはX70 3)を統合しており、これらは一般的に業界をリードする性能と効率を持つと見なされている。過去のExynosモデムを搭載したPixel世代では、接続性能や消費電力に関してQualcomm製と比較して批判が見られることもあった。Tensor G3搭載機での5G速度テストで良好な結果と発熱の少なさが報告されている例もあるが 7、モデムの選択は依然として差別化のポイントである。Exynos 5300iは有能ではあるが、競合フラッグシップに搭載されている最新のQualcommモデムのピーク理論性能や、実際の効率性、信号が弱い場所での堅牢性には及ばない可能性がある。この戦略的選択は、困難な信号条件下でのネットワーク性能の一貫性に影響を与える可能性がある。一方で、Wi-Fi 7のサポートは将来を見据えた仕様である。
1.7. Tensor G3搭載デバイス
Tensor G3は、以下のGoogle Pixelデバイスに搭載されている。
- Google Pixel 8 1
- Google Pixel 8 Pro 1
- Google Pixel 8a 2
Pixel 8、8 Pro、8aの3機種すべてがTensor G3を搭載していると宣伝されているが 10、これらのモデル間で性能に差異が存在する可能性が示唆されている。ベンチマークスコアはモデル間でばらつきが見られることがある 2。特にPixel 8aは、Pixel 8/8 Proと比較して「より低速な」あるいは異なるパッケージング技術(iPOP対FO-PLP 27)や冷却ソリューション 27 を使用したG3を搭載している可能性が報告されており、これにより高負荷時のサーマルスロットリングがより顕著になる可能性がある。実際に、Pixel 8aのAnTuTuスコアは、他の情報源で見られるPixel 8/8 Proの典型的なスコアよりも低い場合がある 29。また、Pixel 8aのAnTuTuスコアはテストや情報源によって大きなばらつきを示している 30。Pixel 8自体も、連続したベンチマーク実行で性能が大幅に低下することが示されている 26。
これは、名目上は同じ「Tensor G3」チップであっても、実装の詳細(パッケージング、冷却など)が、特に持続的なワークロードや熱挙動において、異なるPixelモデル間で体感できる性能差につながる可能性があることを意味する。同じSoC名を共有していても、異なるデバイス実装間で同一の実使用性能が保証されるわけではないことを示唆している。Pixel 8aを選択するユーザーは、Pixel 8/8 Proユーザーと比較して、高負荷時に顕著な性能低下を経験する可能性がある。
表1: Tensor世代 スペック比較
仕様項目 | Tensor G1 | Tensor G2 | Tensor G3 | Tensor G4 (Pixel 9) |
モデル番号 | GS101 (S5P9845) | GS201 (S5P9855) | GS301 (S5P9865) | GS401 (S5P9875) |
コードネーム | Whitechapel | Cloudripper | Zuma | Zuma Pro |
製造プロセス | Samsung 5nm LPE | Samsung 5nm | Samsung 4nm | Samsung 4nm |
CPU ISA | ARMv8.2-A | ARMv8.2-A (implied) | ARMv9-A | ARMv9.2-A |
CPU コア構成 | 8コア: 2x X1@2.8, 2x A76@2.25, 4x A55@1.8 | 8コア: 2x X1@2.85, 2x A78@2.35, 4x A55@1.8 | 9コア: 1x X3@2.91, 4x A715@2.37, 4x A510@1.7 | 8コア: 1x X4@3.1, 3x A720@2.6, 4x A520@1.92 |
GPU モデル | Mali-G78 MP20 | Mali-G710 MP7 | Mali-G715 MP7 | Mali-G715 (MP不明) |
GPU 周波数 | 848 MHz | 848 MHz | 890 MHz | 940 MHz |
TPU | 1st Gen Edge TPU (Abrolhos) | 2nd Gen Edge TPU (Janeiro) | 3rd Gen Edge TPU (Rio) | 4th Gen (implied) |
TPU 周波数 | 1066 MHz | 1066 MHz | 1119 MHz | 不明 |
RAM タイプ | LPDDR5 | LPDDR5 | LPDDR5X | LPDDR5X |
RAM 速度 | 3200 MHz | 不明 | 4266 MHz | 不明 |
RAM 帯域幅 | 51.2 GB/s | 不明 | 68.2 GB/s | 不明 |
モデム | Exynos 5123b (external) | Exynos 5300g | Exynos 5300i | Exynos 5400c (external) |
Wi-Fi | Wi-Fi 6/6E | Wi-Fi 6/6E | Wi-Fi 7 | Wi-Fi 7 |
搭載デバイス例 | Pixel 6/6 Pro/6a | Pixel 7/7 Pro/7a/Fold/Tablet | Pixel 8/8 Pro/8a | Pixel 9/9 Pro/9 Pro XL |
出典: 1
2. ベンチマーク性能分析
2.1. CPU性能
合成CPUベンチマークは、生のシングルコアおよびマルチコア処理能力を測定し、計算能力を比較するための標準化された方法を提供する。
- Geekbench 6:
- シングルコア: スコアは約1700〜1770点の範囲で報告されている 3。一部のデータベース 22 ではPixel 8のスコアが約1532点と低めに出ているが、他の情報源 4 では平均して1700点以上に近い値が示されている。代表的な平均値として、NanoReview 3 やBeebom 7 の結果に基づき、約1760点とする。
- マルチコア: スコアは約4400〜4500点の範囲で報告されている 3。これも一部データベース 22 ではPixel 8が約3840点と低めだが、他の情報源ではより高い平均値が示されている。代表的な平均値として、NanoReview 3 やBeebom 7 に基づき、約4442点とする。
- Geekbench 5: (比較的新しくないが、参照されることがある)
- シングルコア: 約1267点 4
- マルチコア: 約3462点 4
- AnTuTu 10 CPUスコア: 約31万点から38万点の範囲で報告されている 2。情報源によってばらつきがあり 2 対 10、テスト条件やデバイスの個体差による可能性がある。Pixel 8aのスコア 29 は、合計スコアから判断するとCPUの寄与が低いことを示唆している。
- PassMark CPU Mark: 平均スコア 8,103点。シングルスレッド評価 2,392点 15。
Tensor G3のCPU性能は、前世代のTensor G1(Geekbench 6でシングルコア約+34%、マルチコア約+38%向上 21)やTensor G2(Geekbench 6のスコアからG3が明らかに高いことが示唆される 22)と比較して、大幅な向上を示している。これは確かな世代間の進歩である。
しかし、同時代のフラッグシップSoCと比較すると、その位置づけは異なる。Snapdragon 8 Gen 2に対しては、Geekbench 6でシングルコア約13%、マルチコア約19%遅れている 3。さらに新しいSnapdragon 8 Gen 3に対しては、その差はさらに広がり、シングルコアで約25%〜32%、マルチコアでは約64%〜68%も遅れをとる 11。PassMarkの比較でも、Apple A14/A15/M1や様々なIntel/AMDモバイルCPUよりも低いスコアとなっている 15。
これらの結果から、Tensor G3のCPUは、前世代からは大きく進歩したものの、同時代のQualcommやAppleのフラッグシップSoCのピーク性能には及ばないことがわかる。性能的には、アッパーミドルレンジ、あるいは前世代のフラッグシップCPUに近いレベルにあると言える 5。これは、GoogleがCPUベンチマークのトップを狙うことよりも、他の側面(例えばAI性能や電力効率)を優先した設計を行ったことを示唆している。
2.2. GPU性能
GPUベンチマークは、ゲームやグラフィックスを多用するアプリケーションにとって重要な、グラフィックスレンダリング能力を測定する。
- AnTuTu 10 GPUスコア: 約37万点から43万点の範囲で報告されている 2。ここでも情報源やデバイス(特にPixel 8a)によってかなりのばらつきが見られ、テスト中のサーマルスロットリングの影響を受けている可能性がある。
- 3DMark Wild Life Extreme Stress Test:
- 最高ループスコア: 約2400〜2445点 7。(注: これはExtremeテストのスコアであり、非ExtremeのWild Lifeテストではより高いスコアが報告されている 7。)
- 安定性: 約66〜68% 7。
- 3DMark Wild Life Extreme (シングルスコア): 約2445点 17。
- GFXBench (特定テスト):
- Vulcan/Metal 1440p オフスクリーン: 37 FPS 17。
- Geekbench 6 Compute (GPU): 約5758点 16。(注: 21ではTensor G1の方が高いスコア(7214点)を示しているが、これは直感に反しており、テストの特異性やエラーの可能性がある。)
ベンチマーク結果は、Tensor G3のGPU性能がフラッグシップ競合製品に比べて著しく劣っていることを明確に示している。AnTuTu GPUスコア(約37万〜43万点)は、Snapdragon 8 Gen 2(約61.9万点 3)やSnapdragon 8 Gen 3(約87万点 16)に大きく及ばない。3DMark Wild Life Extremeのスコア(約2445点)も、SD8G2(約3729点)、Apple A16 Bionic(約3359点)、Dimensity 9200(約3627点)を大幅に下回っており 17、むしろSnapdragon 8 Gen 1に近いレベルである 17。GFXBenchの結果(37 FPS)も同様に、SD8G1(48 FPS)、SD8G2(69 FPS)、A16(53 FPS)よりも低い 17。Burnout Benchmarkの結果も、SD8G2に対して大きなGPU性能差を示している 12。一部のグラフィカルワークロードでは、SD8G3がG3の2倍の速度になる可能性も指摘されている 11。
これらの結果から、GPUはTensor G3の相対的な弱点であると言える。その性能は、要求の厳しい合成テストにおいて、Qualcommの製品と比較して約2世代遅れている。これは、Mali-G715 MP7というGPU構成の選択と一致しており、ハイエンドのモバイルゲーミングがG3の主要な設計目標ではないことを強く示唆している。最高のゲーム性能を優先するユーザーにとって、G3は代替製品と比較して著しく力不足と感じられるだろう 11。
2.3. 総合システム性能
AnTuTu(総合スコア)やPCMarkのようなベンチマークは、CPU、GPU、メモリ、ユーザーエクスペリエンス(UX)シミュレーションなど、様々なタスクにわたるシステム全体の性能を測定しようとするものである。
- AnTuTu 10 総合スコア: Pixel 8/8 Proでは、通常約102万点から115万点の範囲で報告されている 2。Pixel 8aのスコアはばらつきが大きく、低い場合(約77.3万点 29、約90.6万点 30)もあれば、同等かそれ以上の場合(約110万〜120万点 30)もある。Pixel 8/8 Proの代表的なベースラインとして約110万点とする。
- メモリスコア: 約18.5万〜19.5万点 2。
- UXスコア: 約21.1万〜21.7万点 2。
- PCMark Work 3.0 Performance: 約11,219点 (Pixel 8) 10。(注: Tensor G4は13,680点と大幅に高いスコアを記録している。)
AnTuTuの総合スコア(約110万点)は、Snapdragon 8 Gen 2(約156万点 3)やSnapdragon 8 Gen 3(約205万点 16)と比較して大幅に低い。これはCPUとGPUのベンチマーク結果の差を反映している。一方で、このスコアはTensor G1(約90万点 21)やTensor G2(Pixel 7aで約75.2万点 29)からは着実な向上を示している。
注目すべきは、AnTuTuスコアに見られる大きなばらつきである。特にPixel 8aで情報源やテストごとに異なるスコアが報告されていること 29、そしてPixel 8でも連続実行時にスコアが大幅に低下し、Pixel 7 Pro(Tensor G2)を下回るケースが報告されていること 26 は、テスト条件、デバイス温度、そして潜在的なスロットリングに対する高い感度を示唆している。これは、測定されたピーク性能が、特に持続的な使用下では、熱的制約や積極的な電力管理のために、実世界のシナリオで一貫して達成できない可能性があることを示唆している。PCMarkのスコアも、Tensor G4のような新しいチップには及ばないことを裏付けている。
2.4. AIおよび機械学習性能
GoogleがTensor G3の核として強調する専用TPUの性能評価は、標準的なベンチマークでは難しいが、その能力を理解する上で重要である。
- Googleの主張: 次世代TPUはGoogleのAIモデル用にカスタム設計されており 7、複雑なオンデバイス生成AIタスクを可能にする 13。Pixel 8はPixel 6と比較して2倍以上のMLモデルをオンデバイスで実行できる 14。特に音声、言語、画像処理に重点を置いている 14。
- ベンチマークデータ: 提供された情報の中には、TPU性能を測定するための標準的で広く採用されているベンチマークに関する具体的なデータは乏しい。Geekbench MLやAI Benchmarkのようなテストが存在する可能性はあるが、ここでは詳述されていない。Burnout BenchmarkにはNPUテストが含まれているが 12、G3のNPU性能を単独で比較するデータは提供されていない。
- 定性的評価: 消しゴムマジック、ベストテイク、音声消しゴムマジック、リアルトーン、シネマティックぼかしといった機能は、Tensor G3の能力によるものとされている 7。しかし、これらの機能すべてがG3固有のTPUを厳密に必要とするのか、それともクラウド処理やソフトウェア最適化に大きく依存しているのかについては、依然として懐疑的な見方もある 17。
Tensor G3のTPUがもたらす真の性能上の利点を、利用可能なベンチマークデータのみで客観的に評価することは困難である。その価値は、GoogleがPixelデバイス上で提供する独自のソフトウェア機能と本質的に結びついているように見える。Google自身の特定のAIモデルに対しては効率的である可能性が高いが、競合他社のNPU(QualcommのHexagon DSPなど 6)と比較した、汎用的なML処理能力における優位性は、これらの情報源からは明確に確立されていない。ユーザーがG3のAI能力をどう評価するかは、比較可能なAIベンチマークの数値よりも、Pixel独自のソフトウェア機能に対する価値判断に大きく依存するだろう。
表2: Tensor G3 ベンチマークスコア概要
ベンチマーク | スコア(代表値または範囲) | 出典例 |
AnTuTu 10 総合 | ~1,020,000 – 1,150,000 | 2 |
AnTuTu 10 CPU | ~310,000 – 380,000 | 2 |
AnTuTu 10 GPU | ~370,000 – 430,000 | 2 |
AnTuTu 10 Memory | ~185,000 – 195,000 | 2 |
AnTuTu 10 UX | ~211,000 – 217,000 | 2 |
Geekbench 6 シングルコア | ~1760 | 3 |
Geekbench 6 マルチコア | ~4442 | 3 |
3DMark Wild Life Extreme | ~2445 | 7 |
3DMark Wild Life Extreme 安定性 | ~66-68% | 7 |
PCMark Work 3.0 | ~11,219 (Pixel 8) | 10 |
注意: スコアはテスト環境やデバイスにより変動する可能性があります。
3. 競合状況: Tensor G3 vs ライバル
3.1. Snapdragon 8 Gen 2との比較
Snapdragon 8 Gen 2は、Tensor G3発売時の主要なAndroidフラッグシップ競合製品であった。
- 仕様: Snapdragon 8 Gen 2はTSMC 4nmプロセスを採用(G3はSamsung 4nm)、CPU構成が異なる(1+2+2+3対1+4+4)、クロック周波数が高い(X3コアで3.2GHz対2.91GHz)、GPUがAdreno 740(G3はMali-G715 MP7)、TDPが高い(8.5W対6W)といった違いがある 3。
- AnTuTu 10: Snapdragon 8 Gen 2(約156万点)はG3(約115万点)より約35%高速 3。
- Geekbench 6: Snapdragon 8 Gen 2はシングルコアで約13%、マルチコアで約19%高速 3。
- GPU: Adreno 740はベンチマークにおいてMali-G715 MP7を大幅に上回る 3。
- 効率: G3のGPU効率は一部テストでSD8G2と同等か若干劣るとされるが 17、CPUのピーク消費電力は低い可能性がある(TDPが低い 3)。しかし、後述する持続性能やスロットリングが直接的な効率比較を複雑にしている。
Tensor G3の設計選択は、同時代のSnapdragon 8 Gen 2のピーク性能には及ばないチップを生み出した。CPU、GPU、総合ベンチマークのすべてにおいて、SD8G2が一貫してG3を上回っている 3。G3はTDPが低く 3、より控えめなクロック周波数を使用し 3、GPU構成も性能面で劣るものを採用している。これは意図的なトレードオフであり、コスト効率、ピーク消費電力の低減(ただし持続性能は別問題)、あるいはTPUのためのダイスペースや電力バジェットを優先した結果と考えられる。
3.2. Snapdragon 8 Gen 3との比較
Snapdragon 8 Gen 3はQualcommの次世代フラッグシップ性能を代表し、G3の位置づけをさらに明確にする。
- 仕様: Snapdragon 8 Gen 3はより新しいARMコア(X4, A720, A520 Refresh)を採用し、クロック周波数が高く(X4コア @ 3.3GHz)、ミドルコア数が多く(バリアントにより5または6)、レイトレーシング対応のAdreno GPUを搭載している 11。
- AnTuTu 10: Snapdragon 8 Gen 3(約205万点)はG3(約115万点)より約79%高速 16。
- Geekbench 6: Snapdragon 8 Gen 3はシングルコアで約25%〜32%、マルチコアで約64%〜68%高速 11。
- GPU: Snapdragon 8 Gen 3のGPUは大幅に高速で、一部ワークロードでは2倍の性能を発揮する可能性があり 11、レイトレーシングにも対応している 11。Geekbench Computeでは約148%高速 16。
G3とSnapdragon 8 Gen 3の間の性能差は、すべての主要ベンチマークにおいて非常に大きい 11。Tensor G3は発売時点で既に直接の競合製品(SD8G2)に遅れをとっていたが、次世代フラッグシップ(SD8G3)の登場により、その差は劇的に広がった。これにより、G3はその期間における最高レベルの性能からは明確に外れることになり、特にPixel 8 Proのようなフラッグシップ価格帯のデバイスにおいて、最先端の速度やグラフィックスを優先するユーザーにとっては魅力に欠ける可能性がある。
3.3. Apple Aシリーズ(例: A16 Bionic)との比較
AppleのAシリーズチップは、しばしばモバイル分野の性能基準とされる。G3を同時代のA16 Bionicと比較することで、さらなる視点が得られる。
- 仕様: A16 BionicはApple独自のカスタムCPUコア、TSMC 5nmプロセス(N4)、AppleカスタムGPU、16コアNeural Engineを採用している 6。
- Geekbench 5 13: A16 Bionic(iPhone 14 Pro Max搭載)はTensor G2(Pixel 7搭載)よりも大幅に高いスコアを記録(シングル: 約1884 vs 約1051、マルチ: 約5491 vs 約3241)。G3の性能向上(Geekbench 5で約1267/3462点 4)をもってしても、この差を完全に埋めることはできない。
- GPU (3DMark Wild Life Extreme): A16 Bionicは約3359点を記録し 17、G3の約2445点を大幅に上回る。
- GPU効率: あるテストでは、G3のGPU効率はピーク性能が低いにもかかわらず、A16 Bionicと同程度であると評価されている 17。
- PassMark: A15/A14 Bionicは、CPU Markおよびシングルスレッド評価においてG3を上回る 15。
直接比較の結果、AppleのA16(およびA15/A14)は、CPUとGPUの両方の純粋なベンチマーク性能において、Tensor G3に対して依然として大きなリードを保っていることが示されている 13。これはAppleの完全カスタムコア設計と緊密なハードウェア・ソフトウェア統合の恩恵である。したがって、Tensor G3はモバイルSoCのピーク性能においてAppleの優位性に挑戦するものではない。純粋な速度やゲーム性能に基づいてハイエンドのPixelとiPhoneの間で選択する場合、Apple製品の方がベンチマーク上は優れている。G3は、AI機能やAndroidエコシステム内での価格/統合といった他の側面で競争している。
3.4. 過去のTensor世代(G1, G2)との比較
Tensor G1およびG2に対する改善点を評価することで、Googleのカスタムシリコン開発における進捗がわかる。
- G3 vs G1: G3は4nmプロセス(G1は5nm)、ARMv9(G1はv8.2)、9コア(G1は8コア)、異なるコアタイプ(X3/A715/A510対X1/A76/A55)、Mali-G715 MP7 @ 890MHz(G1はMali-G78 MP20 @ 848MHz – G1はコア数が多いが古いアーキテクチャ)、より高速なTPU、LPDDR5X(G1はLPDDR5)、より高いメモリ帯域幅(68.2対51.2 GB/s)を採用 1。AnTuTu 10ではG3(約115万点)がG1(約90万点)より約28%高い 21。Geekbench 6ではG3がシングルコアで約34%、マルチコアで約38%高い 21。
- G3 vs G2: G3は4nmプロセス(G2は5nm)、ARMv9(G2はv8.2派生)、異なるコアタイプ(1xX3+4xA715+4xA510対2xX1+2xA78+4xA55)、Mali-G715 MP7 @ 890MHz(G2はMali-G710 MP7 @ 848MHz)、より高速なTPU(1119MHz対1066MHz)、LPDDR5X(G2はLPDDR5)、より高いメモリ帯域幅を採用 1。ベンチマーク比較ではG3の明確な優位性が示されている(例:AnTuTu G2 約75.2万点 29 対 G3 約110万点、Geekbench 22 でもG3搭載機がG2搭載機より高い)。
Tensor G3は、G1およびG2から明確なアーキテクチャ上のアップグレードを果たしており、より新しいプロセスノード、ARMv9命令セット、より現代的なCPUコア(X3/A715/A510)、高速なメモリ、そして更新されたGPU/TPUへと移行している 1。ベンチマークスコアもこれらの改善を反映し、両方の前世代と比較してAnTuTuとGeekbenchで大幅な向上を示している 21。これは、Googleが、たとえクラス最高水準ではないにしても、自社SoCプラットフォームを一貫して進化させていることを示している。G3でのアーキテクチャ変更は、G1/G2と比較して実質的な性能向上をもたらし、絶対的な性能リーダーにはまだ及ばないものの、プラットフォームを進化させるというコミットメントを示している。G1/G2のデュアルCortex-X1設計からG3のシングルCortex-X3への移行は、注目すべきアーキテクチャ上の変更点である。
表3: Tensor G3 vs 競合チップ ベンチマーク比較
ベンチマーク | Tensor G3 (Pixel 8/8 Pro) | Snapdragon 8 Gen 2 | Snapdragon 8 Gen 3 | Apple A16 Bionic |
AnTuTu 10 総合 | ~1,150,000 | ~1,560,000 (+35%) | ~2,050,000 (+79%) | – |
AnTuTu 10 CPU | ~340,000 | ~390,000 (+15%) | ~436,000 (+28%) | – |
AnTuTu 10 GPU | ~400,000 | ~619,000 (+55%) | ~870,000 (+118%) | – |
Geekbench 6 シングルコア | ~1760 | ~1991 (+13%) | ~2193 (+25%) | ~2500* (+42%) |
Geekbench 6 マルチコア | ~4442 | ~5299 (+19%) | ~7304 (+64%) | ~6400* (+44%) |
3DMark Wild Life Extreme | ~2445 | ~3729 (+52%) | ~5000** (+104%) | ~3359 (+37%) |
出典: 3 および推定値
注意: スコアは代表値であり、テスト環境やデバイスにより変動します。Apple A16のGeekbench 6スコアはおおよその推定値です。Snapdragon 8 Gen 3の3DMarkスコアはおおよその推定値です。パーセンテージはTensor G3に対する向上率を示します。
4. 実使用性能とユーザーエクスペリエンス
4.1. アプリケーションの読み込みとマルチタスク
ベンチマークスコアだけでなく、日常的なタスクにおけるチップの挙動はユーザー満足度にとって極めて重要である。
Tensor G3搭載デバイスは、一般的な使用においてはおおむねスムーズなパフォーマンスを提供すると報告されている 19。Pixel 8/8aに搭載されている8GBのLPDDR5X RAM 24 は、マルチタスク処理を支援する 28。CPUの1+4+4構成と十分なRAM容量により、通常のマルチタスクは快適にこなせるはずである。
しかし、SoCがサポートしているにもかかわらず 2、より高速なUFS 4.0ではなくUFS 3.1ストレージを採用したこと 7 は、アプリのピーク起動速度をわずかに抑制している可能性がある。特にPixel 8 ProのUFS 3.1ストレージは、シーケンシャル書き込み速度が低いことが示されている 7。このため、日常的なタスクでは満足のいく体験が得られるものの、パワーユーザーは、UFS 4.0ストレージを搭載したフラッグシップ機と比較して、大きなアプリやファイルの読み込み、ファイル操作などでわずかに遅さを感じるかもしれない。これはGoogleのコンポーネント選択がもたらした、体感できる結果の一つである。
4.2. ゲーミング性能
ゲームはCPUと、特にGPUに高い負荷をかける、要求の厳しいワークロードである。
前述の通り、Tensor G3のGPUベンチマークスコアは競合製品に大きく劣っており 3、性能はSnapdragon 8 Gen 1と同程度と評価されている 17。ハードウェアレイトレーシングに対応していないため 4、将来的なグラフィック品質の向上にも限界がある。
実際のゲームプレイテストにおいても、その弱点が露呈している。「原神 (Genshin Impact)」のような要求の高いゲームでは、苦戦する様子が報告されており 17、場合によっては前世代のTensor G2搭載機(Pixel 7 Pro)よりもパフォーマンスが劣るという結果も出ている 17。他の人気タイトル(PUBG Mobile, Call of Duty: Mobile, Fortniteなど)に関するG3での具体的なフレームレートデータは少ないが、Snapdragon 8 Gen 2が高いフレームレートを達成していること 3 を考えると、G3の性能はそれよりも低いと予想される。
レビューでは、ヘビーゲーマーには推奨できない 11、ゲームには理想的ではない 17 といった明確な評価が下されている。したがって、Tensor G3は、高画質・高フレームレートでのモバイルゲーミングを優先するユーザーには適していない。要求の厳しいタイトルでは、グラフィック設定を下げる必要があり、それでも競合するフラッグシップSoCでの体験には及ばない可能性が高い。これは、Mali-G715 MP7というGPU構成を選択した直接的な結果である。
4.3. 熱管理と持続性能
チップが高負荷時にどのように熱を処理するかは、その持続性能を決定する。積極的なスロットリングは、時間経過とともに性能を大幅に低下させる可能性がある。
Tensor G3では、特にCPUにおいて、ストレステスト中に顕著なスロットリングが観測されている。
- CPUスロットリング:
- CPU Throttling Test (15分間): 最大性能の60%までスロットリングしたとの報告がある 7。テスト後の温度は約39℃。
- 別のCPU Throttling Test 12: バッテリー温度が32℃に達すると、1分も経たないうちに周波数が大幅に低下。プライムコアは3GHz(おそらくピークバースト)から1.9GHzへ、パフォーマンスコアは1.4GHzへと低下した。ただし、初期の低下後は一貫性を保った。
- AnTuTu連続実行 26: 温度上昇に伴い、2回目、3回目の実行でスコアが大幅に低下し、Pixel 7 Pro(Tensor G2)を下回った。
- GPUストレステスト:
- 3DMark Wild Life Stress Test: 安定性 約68.3% 7。テスト中に温度は約43℃に達した。
- 3DMark Wild Life Extreme Stress Test: 安定性 約66.2% 7。
- 比較: GPUのピーク性能は低いものの、持続性能の低下は、一部のピーク性能が高いチップよりも緩やかである可能性が示唆されている。Snapdragon 8 Gen 3搭載機がWild Lifeストレステストで9分後にピーク性能の半分に低下したのに対し、Pixel 8 Pro(G3)はより緩やかな低下を示し、時間経過とともに性能差が縮小した(200%差から27%差へ)という報告がある 11。また、3DMark Wild Life Extremeテストで(低いレベルながら)一貫した速度を維持したという報告もある 12。
- デバイス間の差異: Pixel 8aは、異なるパッケージングや冷却ソリューションのため、よりスロットリングしやすい可能性がある 27。
これらの観察結果から、Tensor G3は、特にCPUにおいて、熱を管理するために積極的な早期スロットリング戦略を採用していることがわかる。これは、おそらくSamsung 4nmプロセスやデバイスの冷却ソリューションによる熱的制約に対応するためと考えられる。スロットリングは比較的早く、特にCPU負荷の高いテストで顕著に現れる 12。この戦略は過度の発熱を防ぐ一方で、既に中程度であるピーク性能が、高負荷下では長時間維持されないことを意味する。これは長時間のゲームセッションや重い計算処理など、要求の厳しいタスクに影響を与える。GPUの相対的に良好な「安定性」(ピーク性能に対する維持率)11 は、そもそもピーク性能の上限が低いため、スロットリングする余地が少ないことの結果かもしれない。ユーザーは、長時間の高負荷使用中に顕著な性能低下を経験することになるだろう。
5. Tensor G3の強みと弱み
5.1. 主な利点
分析を通じて特定されたTensor G3の肯定的な側面は以下の通りである。
- AI/MLへの注力: カスタムTPUによるオンデバイスAI処理能力が最大の強みであり、Pixel独自のソフトウェア機能(消しゴムマジック、ベストテイク、音声消しゴムマジック、強化された音声・言語処理など)を実現する 7。前世代と比較して、オンデバイスで実行できるMLモデル数が大幅に増加している 14。
- 世代間の着実な進化: Tensor G1およびG2と比較して、CPUおよび総合ベンチマークスコアで確実な性能向上を達成している 21。アーキテクチャも4nmプロセス、ARMv9、LPDDR5Xメモリへと近代化された 1。
- 特定タスクにおける潜在的な効率性: 低いTDP 3 とML最適化への注力は、AI関連タスクや中程度のワークロードにおいて良好な電力効率をもたらし、バッテリー寿命に貢献する可能性がある 7。GPU効率も、性能は低いものの、一部テストでは競合力があると評価されている 17。
- 先進機能のサポート: Wi-Fi 7のような最新の接続規格に対応し 1、モバイルチップとして初めてAV1エンコード(最大4K30fps)をサポート(デコードも対応) 6。統合されたTitan M2セキュリティチップによる堅牢なセキュリティも提供する 4。
要約すると、G3の主な強みは、独自のPixel機能を駆動する特殊なAI能力、前世代からの明確な進化、そしてWi-Fi 7やAV1エンコードといった最新規格の組み込みにある。
5.2. 顕著な制限事項
分析を通じて特定された否定的な側面と性能ギャップは以下の通りである。
- 競合に対するピーク性能の劣位: CPU、特にGPUの性能は、Snapdragon 8 Gen 2/3やApple Aシリーズといった同時代のフラッグシップSoCにベンチマークで大きく劣る 3。性能はしばしば前世代のフラッグシップと同程度と評価される 11。
- 積極的なスロットリング: 高負荷時の持続性能は、特にCPUにおいて、顕著かつしばしば急速なスロットリングによって妨げられる 7。ピーク性能は短時間しか維持されないことが多い。
- 弱いゲーミング能力: 控えめなGPU構成(Mali-G715 MP7)とレイトレーシングなどの機能欠如により、ハイエンドのモバイルゲーミングには不向きである 11。
- 実装上の選択: SoCがUFS 4.0をサポートしているにもかかわらずUFS 3.1ストレージを採用したことで、潜在的な応答性が制限されている 7。Exynosモデムへの依存は、すべてのシナリオでQualcomm製品に匹敵しない可能性がある 3。実装の違いにより、Pixelモデル間(8/8P対8a)で性能差が生じる可能性がある 27。
- 全AI機能におけるハードウェア必要性の不透明さ: 大々的に宣伝されているAI機能すべてが、カスタムTPUを厳密に必要とするのか、それともクラウド処理やソフトウェア最適化に大きく依存しているのかについては、依然として懐疑的な見方がある 17。
要約すると、G3の主な弱点は、ライバルと比較して競争力のないピークCPU/GPU性能、負荷時の大幅なサーマルスロットリングによる持続性能の制限、要求の厳しいゲームへの不適合性、そしてSoCの潜在能力を最大限に引き出さない実装上の選択(UFS 3.1など)である。
6. 結論
Google Tensor G3は、GoogleのカスタムSoC開発における着実な一歩を示すチップである。前世代からのアーキテクチャ刷新と性能向上は明らかであり、特にGoogle独自のAI駆動型ソフトウェア体験の実現に重点を置いている。オンデバイスでの高度な機械学習処理能力は、Pixelデバイスならではのユニークな機能(写真編集、音声認識など)を可能にし、これがTensor G3の最大の価値提案となっている。
しかし、その設計思想は、純粋な処理性能の追求とは一線を画している。同時代のQualcomm SnapdragonやApple Aシリーズと比較すると、CPU、とりわけGPUのピーク性能では明確な差があり、ベンチマークスコアでは1~2世代前のフラッグシップチップに近いレベルにとどまる。さらに、高負荷時には積極的なサーマルスロットリングが発生し、持続的な性能が制限される傾向がある。これは、特に要求の厳しいゲームや長時間の重いタスクにおいて、ユーザー体験に影響を与える可能性がある。
したがって、Tensor G3は、Pixelエコシステムと独自のAI機能を高く評価し、日常的な使用におけるスムーズさを重視するユーザーにとっては魅力的な選択肢となり得る。一方で、最高の処理速度、最先端のグラフィックス、持続的な高負荷性能を求めるパワーユーザーやヘビーゲーマーにとっては、競合するハイエンドSoCを搭載したデバイスの方が適している可能性が高い。Tensor G3は、Googleが目指す「AIファースト」のモバイルコンピューティング体験を実現するための基盤であるが、従来の性能指標においては依然としてトップランナーに追いついていない、トレードオフを伴うチップであると言える。
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